ちょっと、そこどいて!エーコが行くよ!① ~本屋さん編
ゆうすけ
わたし、エーコ! 最近のお気に入りはメリケンサック!
これは、この街に住む二人の幼女が繰り広げる物語である。
◇
「ね、ね、ね、キミ、か、か、か、かわいいねー」
「いやあああ、なんかキモいおじさんが来たー! 助けてー!」
ランドセルを背負ったおかっぱの小学生女児が見るからにキモい男に追われている。今時こんなステレオタイプな変態がいるのだろうか?
それがいるのである。
そう。ここは一定割合で変態が居つく場所、本屋。
アーケード街の真ん中にある3フロアの大型書店だ。1階は売れ筋の文庫、新書、雑誌が並び、サラリーマン、学生、主婦で賑わう一般向けフロア。3階はマニアックな文芸書と専門書、そして一角には少し怪しいアダルトコーナー。1階に比べると格段に静謐だ。1階と違ってそれぞれの研ぎ澄まされた感性に響く書籍を探し歩く人々が静かに行き交っている。
このアダルトコーナーのある3階に変態が居ついているのか、と思いきや、それは早合点というものだ。たしかにアダルトコーナーは見るからに怪しい雰囲気だが、そこにいるのはごく普通の人たち。アダルトと芸術は紙一重なのだ。
真にヤバいやつがいるのは、2階の参考書類や児童書が並ぶ学生向けのフロアだった。特に女児向けの児童書が置いてある一角に場違いにたたずむオッサンは高確率で危険だ。
「お、お、おにいさんと、あ、遊びに、い、行かない?」
「いやあああ、サヤカは本を買いに来たの! おじさん、キモいから行かない!」
逃げようとするサヤカの長い髪の毛をつかもうと、鼻息を荒くした男が手を伸ばす。
「おに、おに、おにいさんは、あ、あ、あ、あ、あやしいもんじゃ、な、ないよ」
「あーん、サヤカキモいの嫌いー!」
男は狭い書店の通路をどしどしと歩いてサヤカに迫る。身体をよじってそれを避けるサヤカ。すっかり涙目だ。不幸なことに、児童書のコーナーは一番奥まったところにあって人眼にもつきにくい。平日の昼下がり、まだまだ客も少ない。
「ほらー、お、お、お、おにいさんが、お、お、お、おいしいもん、た、食べさせてあげ、あげ、あげ、あげるよ」
「いやあああああ、たすけてー!!」
ついに男の手がサヤカの細い腕をつかんだ。そしてひょいと持ち上げる。サヤカは八歳。体重はまだニ十キロちょっとだ。大の男なら軽々ととまではいかないが、苦も無く持ち上げることができる。
「ほ、ほ、ほ、ほ、ほらあ、た、た、高いよねー」
「やめてえええええ、エーコちゃーん!」
その時、男のたるんだ腹に小さな拳がみしりと音をたててめり込んだ。
「ぐほっ」
「その汚い手をどけなさい! サヤカを離して!」
「いた、いた、いたいいいい」
「このくされロリコンめ! エーコの怒りのメリケンサックパンチでもくらいなさあああい」
ごぶ、と音がして男の脇腹に金髪ツインテールの幼女の拳が再びめりこむ。男がうめく。幼女のそれとは思えない体重の乗ったフックをくらってダウン寸前、それでも男はかろうじて態勢を立て直し、声をあげた。
「おに、おに、おに、おにいさんは、き、き、きみたちと、あ、あ、あ、あそびたいだけ、ごほお」
かがんだ男の顔面にエーコの必殺のランドセルスィングがヒットした。たまらず男は背中からどさりとひっくり返った。
「本屋さんの売り物に汚いよだれをつけるなんて、許せない」
「あーん、エーコちゃーん、怖かったー」
「サヤカちゃん、もう大丈夫」
金髪ツインテールの幼女がサヤカをそっと背中から抱きかかえた。
「サヤカちゃん、早く本を買って帰りましょう」
「うん。でも売り切れてるみたいなのー」
「あら、それはしょうがないわね」
「ま、ま、ま、まって。せ、せ、せめて、な、な、名前を」
二人の背後から男が息もたえだえのかすれた声をかける。
「メイドのお土産に教えてあげる。矢場杉エーコ、八歳」
「武サヤカです。エーコちゃんと同じ八歳」
二人の幼女は手をつないで鼻歌を歌いながら店の階段を下りて行った。
「や、矢場杉エーコ、だと? ま、ま、まじで? や、や、や、やばすぎいい!」
男は顔面蒼白になって腰を抜かしてしまった。
ちょっと、そこどいて!エーコが行くよ!① ~本屋さん編 ゆうすけ @Hasahina214
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