町の本屋

新 星緒

町の本屋

 学校からの帰り道。夜のバイトまでどれだけ寝られそうかと考えながら時間確認のために取り出したスマホを見て、今日が楽しみにしていたマンガの発売日だと気がついた。


 いつもなら通販サイトで予約しておくんだが、大学の前期試験で忙しくて忘れていた。でも大丈夫。商店街の本屋に行けばいい。あそこは小さいながらもマンガと雑誌が充実している――はずだ。子供のころはそうだった。


 少しだけ遠回りして帰ることになるけど、数分程度だ。俺は迷わず本屋に向かった。



 ◇◇



 たどり着いたそこは、シャッターが閉まっていた。ボロボロの張り紙に、『閉店のお知らせ』との文字がある。日付は四ヶ月も前。


 マジか。閉店か。

 マンガを買えないじゃん。

 俺は今、読みたいんだよ。

 お気に入りは紙で揃えたいし。前巻までは紙だから、急に電子ってのもイヤだ。


 とはいえ、近場に他の本屋はない。帰ってきたのに、また電車に乗って買いにいくのは面倒だ。

 仕方ない。今日は諦めて、通販にするか。


 スマホを取り出し、いつも使っているサイトのアプリを開く。


 と、目の前のシャッターがガタガタ音を立てながら、開いていった。1メートルほど上がったところで、それをくぐって中から中年オヤジが出てきた。店主だ。記憶にある姿よりだいぶ老けているけど、間違いない。


「あれ? うちに用?」とオヤジが無愛想な顔で訊く。

「や、別に……」

「そう」

「ども」

 ぺこりと頭を下げる。大手通販サイトが画面に出ているスマホをオフにする。さすがに気まずい。ちょっと離れてから購入しよう。


 さっさとこの場を離れて――


「あ、兄ちゃん」と店主に声を掛けられた。

「なんすか?」と振り返る。

「✕✕ってマンガは好きかな」


 それは俺が小学校のころに人気があったマンガだ。テレビアニメにもなって俺もご多分に漏れず、見ていた。


「片付けしてたら昔の販促用ポスターとかノベルティが出てきたんだよ。いるかい?」

「え、いいんすか?」


 それは欲しい。フリマサイトに出したら、絶対に高値で売れる!


「じゃ、中に入っていいよ。結構な数があるからさ。欲しいだけ持っていきな」

「あざすっ」


 店主が中に戻る。俺も続く。かなり暗い。電気はついてなくて、外から少し入る日差しだけが明るい。目がなれるまで時間がかかりそうだ。


 ――しかし、なんか不快だな。


 閉めきりだったせいか、生暖かくて重たい空気が淀んでいる。変な臭いもする。


「やっぱりさ、今の時代にゃ町の個人店はキツイよ」

 どこからか店主の声がする。


「閉店、残念っすね」一応、話を合わせる。

「ネットには勝てんよ」と店主。「万引き被害は大きいし」


 あー……

 ごめん。俺も何度か。若気の至りってやつだ。こんなもんは簡単にできるとイキっていたころがあった。

 今更バレることはないだろうけど、さっさともらうもんをもらって帰ろう。


「すんません、どこにいるんすか? 全然見えなくて」

「……」


 返事がない。

 と思ったら、背後で唐突にシャッターが閉まった。真っ暗闇になる。

 まさか閉じ込められた?


「あの?」

 急激に不安が膨れ上がる。



「可哀想だとは思わないか?」姿の見えない店主が喋る。「ここはじいさんが始めた店でさ。昔はたんと客が来たもんだ。今じゃ立ち読み客さえ来ない。閉店しても、四ヶ月も気づかれない。泣いちまうよ」

「あ、はい。あの……」

「こいつもこんな最期を迎えると思っていなかったみたいで、閉店を受け入れられなかったらしい」


 ぺしゃり、と。俺のすぐ近くに天井からまあまあ大きいしずくが垂れてきた。ひどく臭い。


「……こ、『こいつ』って?」

「もちろんこの店、未来書房だ。建物のくせに付喪神になっちまって。ーー悪霊と罵ったヤツもいたがね。俺にとっては神様さ」

「悪霊……」

「どうにかして生き延びたいと思っているようだ。んで、別の形で存在する道を選んだらしい」


 なんだよ、それ。

 ゴクリと唾をのみこむ。

 イヤな予感しかしない。

 ズリズリと後ろに下がるとシャッターにぶつかった。すぐさま屈んで持ち上げようとする。が、開かない。


「こいつ、養分になるものを自分でちゃんと見付けるんだ。どうも万引きしていた人間とか、ネットでしか買わないヤツを狙っているらしい。すごいだろ?」


 やっぱ、これヤバイやつじゃん!!! 

「誰か! 助けて!」

 シャッターをガンガン叩き叫ぶ。


「無駄だよ。内と外は繋がっていない」

「助けて! 誰か!」

「この世界でどうにかして生き延びたい。そう思っているのはこいつも同じだ」

「ふざけんな! バケモノと人間は違う!」


 叫びながら振り返る。と、真っ暗闇のはずなのに、人のような形をしたものが天井からぶら下がり、ゆらゆらとしているのが見えた。


「あ……あ……」


 シャッターの取っ手をつかみ、必死に持ち上げようとする。だけれどなぜかヌルヌルして掴めない。

「助けて! 誰か!」

 声の限りに叫び、叩く。


「分からないか? お前はもう溶けはじめているぞ? 私たちのかてになるんだ。未来永劫、町の本屋が存在できるようにね」


「たす……!」

 口がうまく動かない。声が出ない。シャッターを叩く手もヌルヌルとすべるようになってきた。


 イヤだ。助けてくれ。俺がなにをしたっていうんだ……

 まだ死にたくない……




「「私たちだって同じだよ」」

 店主となにか、怖気を催すもの声が重なって聞こえた。


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