第10話 同じニオイがする女子ととある問題

 こんなこともあろうかと、バッグに着替えを入れておいてよかった。母親の私服だが、男物の服よりはマシだろう。


 着替え終わってふとスマホを見ると、つい先ほど料理谷から連絡が来ていたようだ。

 この様子だと、そこまで長く失神していたわけではなさそうだ。不幸中の幸いというべきか。


 すぐにトイレを出て店に戻ると、少し心配した様子の料理谷がいた。


 そして彼女の横には見知らぬ女子が座っていた。


「ホント、急に顔色悪くしてどうしたんだろ……」


「従業員の人に聞いてみようか? その人、どこかで倒れてるかも……」


 どうやら二人とも俺の身を案じてくれているようだ。


 急ぎ足で席へと向かうと、俺に気づいた料理谷は、ぱぁっと蕾が開いたかのような笑顔をみせた。


「マ、マクらん!よかったー!無事……って言って良いのかなぁ……?」


 女体に戻っている俺を見た料理谷は少し戸惑ったようで、語尾が疑問系になっていた。


「うん。念のために替えの服は持ってきたからよかったよ」


 自分でも思うのだが、男体のときと比べて女体化した時は口調が少し変わる気がする。


 心身は分離しているようで常に一体ともよくいうし、一見女心がわかっていないように見えてこういうところで少しずつ影響が出ているのだろうか。


 それはそれで男に戻った時に気持ち悪くなりそうだな……。


「……お友達って……女子……だったんだ」


 ふと、女子Cが小さい声で言ったのが聞こえた。


 彼女の隣に座っている料理谷にも当然聞こえたようで、俺たち二人はどう説明しようかと顔を見合わせた。


「と、とりあえず……座ってよ、マクらん」


 料理谷は誤魔化すように俺にそう促す。


 俺はそれに従ってソファー側に座っている彼女らの向かい側の俺の席に座る。


 こうして面と向かって見ると、この女子は料理谷に負けず劣らず美人だな。


 ただ、料理谷とは対照的に、おさげ髪に丸縁メガネの真面目清楚系な容貌をしている。


 イメージ的には学校外の小鳥遊をさらに控えめにしたといった感じだ。


 紺のロングスカートに黒のトップスがさらにそれを助長する。


 クンクン……。この女子、俺と同じ陰キャの香りがする。


 しばらく無言の時間が続く。珍しいな、料理谷さん? こういう時になんかテンアゲして盛り上げるのが陽キャじゃないの? 知らんが。


「て、ていうか! 友達が女子だったんだってどーいう意味なわけぇ? そんなん当たり前っしょ!」


 どういうわけかちょっと焦っている料理谷さん。心なしか顔が火照っている気がする。


「え、あ……料理谷さんは、その……男の人とよく遊んでたりするのかな……って……すみません」


 料理谷から変に声を上げられて気圧されたのか、これでもかというくらいたどたどしくなってますやん。なんなら謝っちゃったよ。いやすげえわかるけどその気持ちは。


「あ〜そっかぁ〜それは仕方ないねぇ〜……って! そんなわけあるっ!? 私って星月さんの中でどんなイメージ!?」


 ガタッと勢いよく席を立ってツッコミを入れる料理谷。


 ごめん、俺も料理谷は遊びまくりだと思ってた。


 座り直し、料理谷は仕切り直すように呼吸を整えてから口を開いた。


「マクらん、この子は星月さん。マクらんがいない間に偶然お店に入ったのを見つけたから声かけたんだ!」


「ほ、星月綺羅璃(ほしつき きらり)です……」


「あ、横枕です。よろしく」


 俺は軽く会釈していった。


 すると料理谷はさっきまでが嘘のように機嫌よく身を乗り出してきた。


「そう!星月きらりちゃん! すっごいかわいい名前っしょ〜! そーだなー! キラリーって呼んでもいぃ?」


「き、きらりー?」


 言われて、星月はすごく微妙な顔をしている。


 キラリーて。これまた絶妙に可愛くもない。解毒の魔法かよ。


 ていうか料理谷さんよ。陰キャにこの詰め方は逆に距離置かれる可能性大だから気をつけようね? ちょろい男は落とせるかもしれないけど、俺みたいな難攻不落な一匹狼系男子はそう簡単にはいかないぞ!


 そういうわけで、もし星月さんが本気で困っていたら俺が陰キャ代表として料理谷を陰キャとの接し方をレクチャーしてやろうと星月さんの様子を伺う。


「……ははっ!き、きらりーって……くっくっくっ……」


 笑ってた。しかもかなり星月のツボに入ったようだ。


「ちょ! 何がおかしいん? チョーカワイイネーミングっしょ?!」


「くっくっくっ……ぐっぐっ……」


 顔を赤らめて聞く料理谷にかまわず、一生ツボに入っている星月。


 少ししてから星月は笑い涙を指で払いながら言った。


「今までいろんな人に名前のことを言われてたけど、そんな変な名前つけられたの、料理谷さんが初めてだよ」


 星月ことキラリーは、くすっと微笑んだ。


 ちょっ、変ってどういうことぉ!? とまた声をあげる料理谷。


 なるほど。星月の言い方から察するに、今ありがちなキラキラネームというやつは特に陰キャにとっては厳しい経験が何度かあったんだろう。


 案の定彼女から少しのかげりを感じ取れるが、先ほどまでよりも流暢に話しているところをみると、どうやら一周回って料理谷のネーミングセンスは良かったようだ。


 今の屈託のない彼女の笑顔がなによりそれを証明している。


 ていうか、今星月にあだ名をつけるということは星月と料理谷は面識があるレベルの仲だったっていうことか?


 その程度の関係値のはずなのに見かけただけで話しかけるとかどれだけコミュニケーションの鬼なんだよ料理谷のアネゴ。仮にこの人が男に生まれていたら伝説のナンパ師になっていたに違いない。


「そ、そういえば! なにか困ってることがあるっていってたよね、キアリー」


 踏んだり蹴ったりといった感じの料理谷が、誤魔化すように口を開いた。


 まだツボにハマっている星月に、料理谷は水を注いで差し出す。


 星月は湯呑みの持ち方で少しずつ水を飲み、さっぱり飲み干してようやく落ち着いたようだ。


「そ、そうなの。私は料理谷さん達と同じ風紀委員会なのだけれど、飼育委員会も兼任してて……」


「えっ?」


 思わず声が出た。星月さん、同じ風紀委員なの? ……マジかー。全然知らんかったあ……。


「どうしたの?」


 料理谷が怪訝そうに俺に問いかけた。


「い、いやあ。なんでも。そ、それで?」


 俺は華麗なスルースキルで誤魔化し、星月に向き直って話の続きを促す。


「それで、その飼育委員会でちょっと困ったことが起こったんです」


 そう言って顔を伏せる星月の様子を見て、代わりに料理谷が口を開く。


 どうやら料理谷は俺がいない間に詳細を聞いているようだ。


「ウチの飼育委員ってさぁ、イロイロ動物飼ってるじゃん? ニワトリとかウサギとかクジャクとか。最近、その子達の飼育小屋の近くにゴミが捨てられるんだって」


 ひどい話だよねーと星月に同情する料理谷。


 まあ確かにあまりよろしくない話だ。公共の場にゴミをポイ捨てするのは言わずもがなだし、動物たちに悪影響がでかねない。


 星月の落ち込み具合を見ると、彼女が懸念しているのは特に後者だろう。


 だがしかし。


「それは分かったけど、なんでまたわざわざそんな話を?」


 素朴な疑問がついこぼれた。


 すると何故か料理谷は呆れた表情を浮かべる。


 星月に関しては涙目だ。


「そ、そうですよね……。ごめんなさい。飼育委員ですらない人に何話してるんだって話ですよね……」


 またしても俯いてしまう星月。


 料理谷は慌てて横に置いていた小さめの肩掛けバッグからハンカチを取り出して星月の涙を拭う。


 え……? 俺なんかやっちゃいました……? 料理谷はきっとこの絶望的に暗い雰囲気になることを予測していたのだろう。


 料理谷の方を見ると鋭い目で睨みつけられた。


「マクらんさぁ、ホントあり得ないわ……」


「す、すみません」


「てか、世間話ってのはだいたいそういうもんなのよ……。キラリーも! マイナス思考すぎるよちょっと。もっと自信持っていこ?」


 謝罪癖が発動した俺は彼女にため息をつかれ、一方で星月は肩に手を乗せて慰められていた。


 なんだこの差は。俺はよほどやばいことをしたらしい。これが空気読めないってやつ? 俺が嫌いな言葉ランキング堂々の一位じゃねえか。ちなみに二位は『あの陰キャの隣の席とかマジ最悪なんですけど笑』だ。あのモブ女許さん。マジ最悪なんですけど。


「あ! そうだ!」


 ふと料理谷が何か閃いたように声を上げた。


 なんとなくだが嫌な予感がする。そんな俺に構わず料理谷は続ける。


「私たち風紀委員でそのゴミ捨て問題をチャチャッと解決しちゃおうよー!」


「……! 本当に? いいの? 美咲ちゃん」


 うへぇ……。まさかとは思うけど俺もそれに巻き込まれる……わけないよな! たかがゴミ捨て問題だ! 注意喚起の放送くらいで十分だ!


「そこぉ! 露骨に嫌そうな顔しない! キラリーを泣かせたマクらんには委員長に言って特に一番働いてもらうから!」


 料理谷はビシッという効果音がならんばかりに俺に人差し指を立てる。


 人に指を差しちゃいけませんと何度言ったらわかるんだ全く!


 しょうもないことでしか反論できない俺は、星月のいる手前もあって不承不承頷いた。


「それじゃあ決まり!早速委員長にリーネするね!」


 言うが早いか、スマホを取り出す料理谷。


 俺が見る限りでは今日彼女がスマホ触ったのはこれが初めてなのではないだろうか。とことん俺のイメージしていた料理谷の雰囲気とはかけ離れている。


 雰囲気といえば……。普段から動物たちの面倒を見ているからなのか、この星月という女子、どこか母性のようなものを感じる。


 母性溢れる女子っていいよなあ……。こんな美人から産まれるなんてすごく幸せなんだろうなあ……。


 これ以上はたとえ妄想であってもキモすぎるから流石に自重しよう。いや、でも今の俺は女の子なんだからそういうノリでも許されるんじゃないか!?


「お! 委員長から返信きたよ!」


 最低の言い訳で自己肯定をしていたところに、料理谷のスマホが鳴った。


 早いな。あの人案外暇だったりするんだろうか。三条委員長が休日に一人部屋でスマホをいじってる姿なんて想像でき……なくもないな。これはこれでいけますな。なんか俺さっきからキモくね?


 料理谷は隣の星月に画面を見せながら言う。


「『わかりました。早速月曜日の放課後から問題解決のために集会を開くことにします。全員出席するように呼びかけます。特に横枕くん。』だってさ! さすがは委員長! 仕事が早い!」


 なんでだよ! クソ! ワンチャンにかけてバックれようと思ったのに! すでに俺の惰性っぷりが露呈しているとは。やるな。



「横枕……『くん』???」



 星月は俺の不可解な他称に疑問を呈した。

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女体化したけど青春ラブコメしたいので、不本意ですが風紀委員会に入ります 水とコーヒーブレンド @waterandcoffee

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