第9話 思いを伝えようにも、女体化は唐突に

 料理谷に何を食べたいか聞くと、お気に入りのパスタ店があるらしく、そこへ赴くことになった。


 昼時のため店内はほとんど空席がなく長く待たなければ行けないかと思っていたところに、ちょうど二人組のカップルが席を立った。


 俺たちはそのカップルが座っていた、眺めのいい窓際の四人ほど座れそうなソファー席を取り、メニューに目を通していた。


「マクらんは普段パスタとか食べるん?」


「まあ、無難なものかな。ミートソースとかナポリタンとか」


「じゃあさぁ、この魚介入りパスタとかどぉ? チーズ入ってるやつっ!」


 そう言って、料理谷は持っていたメニューを俺の方に向け、料理の写真を指差す。

写真を見る前にまず下の値段に視線を向ける。


 参ったことに俺のおごりらしいからな。慎重に選ばなければ。


 ただ、写真を見ると普通に美味しそうだ。料理谷ギャルのおすすめだし、ハズレはなさそうではある。


「千円弱か……。でもまあ美味そうだしそれにしようかな」


「決まりっ!じゃぁ私はぁ〜」


 料理谷は楽しそうにメニューをペラペラめくる。


 これに決めた! と言って、少ししてから店員を呼んだ。


「じゃぁこの『魚介たっぷりチーズ入りトマトソース』と『クリーミーな明太パスタ』で!」


 ドリンクと食後のデザートも頼み、料理を待つ。


 この待ち時間の間、一体何を話せばいいんだろうと陰キャを痛いほど悩ませる恒例の事態が今起こっている。


 とりあえずは注文総額を計算しなければ。


 そう思って料理谷からメニューを譲ってもらい、ペラペラとページを繰る。

 ふと、メニューの奥に料理谷の小顔が垣間見えた。


 こういう時、ギャルはスマホをいじりまくるのかと思ったが、料理谷は両手で頬杖をついて上機嫌でキッチンの方を見ていた。


 何がそんなに嬉しいんだ。俺の奢りだからか畜生。


 ただ飯を待つだけで楽しそうにしている料理谷を見て、何故か今ならずっと疑問に思っていたことを聞ける気がした。


「料理谷ってさ、なんでそんなに楽しそうにできるんだ」


 気づけば口が動いていた。こうなったらもう話を進める以外にない。


 彼女にとってはそもそも楽しそうに『できる』とか『する』とかいう問題ではないのだろう。


 俺が少し低いトーンだったことに気づいたかどうかはわからないが、料理谷はいつもと変わらない様子で、んー? と気の抜けた返事をする。


 彼女の視線は未だキッチンに向けられていた。


「私、料理できないっていったじゃん? だから人が美味しい料理を作るの見てると、つい楽しくなっちゃうってか……」


 料理谷は少し考える素振りをしてから誤魔化すようにはにかんだ。


「なんだろ、わかんない!」


 彼女の中でうまく言語化できない部分があったのだろう。


 そしてまた彼女はキッチンに目をやる。


 ただ、俺が本当に聞きたいのはそういうことではない。


 今回に限らず、料理谷はいつも楽しそうにしている。小鳥遊たちとすごく仲がいいというわけでもないのに大親友かのように振る舞っていた時、昼飯を共にした時もそうだった。それに。



 俺を買い物に誘ってくれたあの時も。



 これを聞けばどんな返事が来るかはわかっていた。彼女はきっと言葉を濁すだろう。


 なぜなら彼女は『陽キャ』だからだ。


 それでも。


 それでも俺は聞きたかった。


 万が一これから俺がする質問で彼女に嫌われたとしても、この質問を押し殺してこの先迷惑をかけ続けるよりは、ここでキッパリと言って関係性を断ち切られる方がよっぽどマシと言える。


「それじゃあ……。なんで……。なんで『今の俺』と……」


 真剣な話をすると、きっと顔に出ていたのだろう。料理谷は俺の雰囲気の変化を察知し、再び俺に向き直った。


 その先の言葉を、なんとか喉から搾り出そうとする。


 同時に、体に異変を感じた。


 胸のあたりが焼け爛れるように熱い。


 思わず椅子から転げ落ちそうになったが、なんとか踏ん張る。


 これはもしや……!


 俺は脇目も振らずに店を出て、最寄りの多目的トイレに駆け込んだ。


 気づけば便座の上で気を失っていた。


 意識が戻ってすぐに自分の体を確認する。


 やっぱりか……。


 どういうわけか、俺は女の体に戻っていた。

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