第8話 初めてのデートとギャルのパンティ

 楽しみなのも勿論あるが、女子と休日を過ごすという時点で興奮というより俺の中にある陰キャ心原因の緊張が優ってしまって、全く眠れなかった。


 緊張と眠気が相まってか、朝起きると女体化が治り、男に戻っていた。


 眠気まなこを擦りながら、昨晩料理谷からリーネで送られた集合場所に向かっていた。


 思ったけど、これどうせアレだろ? 二人っきりのデートかと思いきや、他にギャル友が居るんだろ。それで俺がめちゃくちゃ着せ替え人形みたいに遊ばれて疲れて帰るっていうパターンまで見えた。


 俺のアニメオタクっぷりを舐めるなよ。こんなものは履修済みだ。あまり期待しすぎてはダメだ! ダメだぞぉ〜……デート……俺が……デェト……ふへ。


 そんなことを考えていたら、降りるべき駅を通り過ぎていた。


 当然俺は五分前ギリギリセーフ行動なので、そこで異常事態が起きれば万事休すである。


 そんなこんなで、十五分遅れで目的地に到着した。


「すまん、待たせて」


 本来俺がいうべきでないセリフだが、謝罪はしなくてはいけないだろう。両手を合わせて謝った。


 しかし料理谷は案外平気な顔をしていた。


「お!来たぁー!いいよ全然。それより早く行こぉ!」


 料理谷は俺の手を掴んで駅前にそびえ立つどでかいデパートの方に連れる。案外ギャル界隈って遅刻とか日常茶飯事なのか? もしくはただ料理谷が相当寛容なだけか。聖人料理谷さん惚れてまう。


 連れられながら、俺は料理谷の後ろ姿を見る。


 料理谷は黒のミニスカートに肩が部分的に露出した白色のトップスを身にまとっていた。


 料理谷がこちらを向いていないために、肩からちらりと見える健康的な白い肌につい視線が吸い寄せられてしまう。


 制服の時は胸元に注がれていた視線が今度は肩へ……。


 それに加えてやわらかな手の触感。


 俺は頬を赤らめ昇天しそうな気色悪い顔をしながら料理谷の背に問う。


「見たらわかる通り今俺は男なんだけど、それでもいいのか?」


「ん? 最初見た時はちょっと驚いたけど、また女の子に戻っちゃうかも知れないんでしょ? なら服は買ったほうがいいっしょ?」


 いや……聞きたいことはそういうことじゃなくてだな……。まあいいか、女の子と手を繋げてるわけだし! このまま一生デパートにつかなければいいのに。近寄れば近寄るほど距離が遠くなる異能力でも持ってないのか?


 そう思うのも束の間、あっという間にデパートについてしまった。


 ガラス張りの自動ドアが俺たちを迎え入れる。


 とっくに到着しているというのに、料理谷はなかなか手を離さない。


 ずっとこのままでいたいのは山々だが、これ以上彼女の暖かくて柔らかな手を俺の手汗が汚すのは忍びない。


「もう着いたし、迷子にはならんよ」


「あっ……ごめん。へへ……」


 料理谷は俺の手を振りほどくくらいに勢いよく手を離した。そこまで嫌がることないじゃん。


「レディースは五階だよ!エスカレーター乗ろ!」


 そう言って料理谷はフロア案内を見ずにエスカレーターの方へとカツカツとヒールを鳴らしながらいく。


 さっきまでは俺を引きながらも、歩幅を小さくしてくれていたのだが。それに、心なしか顔も背けられているような。そんなに手汗滲み出てたかな……。


 俺は右側を開けるために、料理谷の下の段に乗る。日本人特有のエスカレーターの乗り方だ。


 関西では逆に左側を開けると聞くが、どんな差があるのだろうか。


 考えてみれば、確かに右利きの方が多いであれば右手で手すりを持つのが自然のような気もするが。


 いや、右利きならば右手で荷物を持つために、むしろ左手で手すりを持つということやもしれない。


 なるほどなあ。謎は全て解けた。


 などとどうでもいいことを考えているのには理由がある。いつもどうでもいいことばかり考えるが、今回ばかりは正当な理由があるのだ。


 料理谷が何故かそそくさと先に行ってしまったので、俺は彼女の数段下にいる。


 そして上り。


 料理谷は短めのスカート。


 つまりはパンツが見えそうということじゃ!


 あとちょっと! あとちょっとで見えるか見えないか……。


 ダメだ! もう一人の性獣の俺! 万が一覗こうとしているのがバレてもみろ! 女子は情報網が尋常じゃなく広いという。『風紀委員のくせして覗きをするクズ』として、一瞬でクラス中、いや学校中に広まり、晒し者にされるに違いない!


 そんなわけで、気を逸らすためには何かしらのしょうもないことを考える他ないのだった。


「ちょっと! マクらん! なにやってんの!?」


 必死に考え事をしていると料理谷が不意に声を上げ、はっと我に返る。


 やっべえ、覗いてたのがバレたのか?! でもそうだとしたら目が背中についてるとしか思えない。もしくはコレが女の勘ってヤツ?!


「おーい! マクらんってば!」


 よくよく聞いてみると、声は後ろの方から聞こえた。


 振り向くと、料理谷が下の踊り場に立っているのが見えた。彼女の足元には「5階」の文字。


 あ。行きすぎた。





「マクらんって案外おっちょこちょいだねぇ〜。ウケるぅ」


 料理谷はにしし、と横から茶化してくる。


 超恥ずかしいけど、さっきまでの急なよそよそしい態度は中和されたようだからまあいいか。


 人からの評価を気にしすぎると陰キャなんてやってられないからな。


 そんじょそこらの高校生なら、ぼっち飯どころかぼっち連れションの時点で心臓が張り裂けるだろう。


 俺はそこら辺は訓練されているのだ。


 なので、すぐ切り替えて新しい話題を出す。


「それより、レディースの店に俺が入ったら変な目で見られるんじゃないの? そこのところ大丈夫なの?」


「え、案外そういうの気にできるんだ。いがぁ〜い」


「いや、そういうわけじゃないけど。俺が変な目で見られたら、料理谷にも迷惑がかかるでしょ」


 断じて自分への人の評価は気にしないが、それが他人となると別だ。


 俺は断じて気にしてないけどな。うん。


「ふーん。まあでも、大丈夫だよ。その……。か、カップルだと思われる……から。」


 料理谷は次第に声が小さくなりながら、薄水色の後れ毛を人差し指でくるくるする。最後らへんは何言ってるか分からんかった。


 だが俺は空気を読めるので、聞こえてなくてもとりあえず頷いておいた。物語で例えれば、俺は鈍感系主人公ではなく空気が読める系主人公だろう。


 まあなんかわからんけど、男が女性へのプレゼントとかで来店することも少なくないとかだろう。ギャルの料理谷が言うんだから大丈夫なはずだ。


「あっ!ココだよ!私オススメのお店」


「カムトゥルース……」


 俺は料理谷が指さした先の店にあったロゴを口に出して読んだ。


 カムトゥルースは英語で夢は実現する、だっけ? 英弱だから確かじゃないが。まさか本当が来るとかいうわけわからん意味ではないだろう。


「そっ! カムトゥルース! 半年前からは口紅も出してる超人気ブランドなのよぉ! でも、どんな意味なんだろ。トゥルーは真実って意味だからぁ……」


 そう言って料理谷は右手を顎に当てて考えるポーズをした。十秒くらいむむむぅ……と難しい顔をしてからようやく口を開く。


「真実が……来る……? ……! 真実が来る!」


 なるほどといった感じで握り拳を片方の掌底にポンと落とす。


 この子嘘でしょ? 何がなるほどなの?


「いや、その意味は……」


 訂正しようと声をかけると、料理谷はやってやったぞと言わんばかりに胸を張ってドヤ顔をしていた。


 馬鹿だけど可愛い。バカワイイ。俺も人のこと言えた学力じゃないが、料理谷には負ける気がしない。


 あまりにしてやったりな様子だったので、訂正するのも忍びなくなった。


 まあいいか。満足そうだし。


「それで、今の流行りの服はどんなのなんだ?」


 とりあえず本題に入ろう。


 料理谷はご機嫌のまま私に任せて、と胸に握り拳を当てる。


 俺はそんな料理谷の服を見て、今日最初に料理谷を見たときに感じたことを思い出した。


「あ、でもちょっと待って。あんまり露出があるのは嫌だ。その……。料理谷の着てる肩が出てるやつとか……」


 俺はできる男なので、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いとはっきりいうタイプだ。お母さんからご飯何がいい? といわれたらなんでもいいとは絶対に答えない。


 できる男アピールをしたつもりが、何故か料理谷は頬を膨らませ、顔を赤くしている。


「このくらいはぜんぜん露出のうちに入んないからぁ! マクらんがスケベなだけじゃぁん!」


 料理谷はそう言いつつも露出した両肩をそれぞれ両手で覆った。


 てか待てよ。なんかそれだと肩じゃなくて胸を覆ってるみたいになってんじゃん! 俺が痴漢とか暴漢みたいな光景になってるけどこれやばくないかまじでどうすんのこれオイ。


 冷や汗脂汗ダラダラで焦っていると、途端に周囲の目がこちらに集まっていることに気がついた。このままでは警備員を呼ばれるのも時間の問題だ。


「すすすすすまん! 料理谷! いや料理谷さん! とりあえず服は後にして飯を食いに行かない!? ほら! ちょうど時間もお昼時だしさ!!!!!」


 咄嗟に案内で上の階は飯屋ゾーンだったのを確認したことを思い出し、上を指差して言った。


「……うん。行く」


 料理谷は少し考えてから、やっと目を合わせてくれた。


 料理谷は先導してくれとばかりに俺が歩き出すのを待っているようだった。


 えーと……? エスカレーターどっちだっけ? まあとりあえず進むか。


 適当な方向に向かおうとすると後ろからシャツを掴まれた。


「そっちじゃなくてこっち。……あと、奢って」


「は? マジ?」


 つい素で返すと、また料理谷は声を荒げる。


「当たり前っしょ!!! 女子に失礼なこと言った罰!!! ほら早く!」


 料理谷は両手で俺の背中を強く押した。痛ぇし人にぶつかりそうになるわ。


 全く。女心はわかんねえ。

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