第7話 風紀委員らしからぬ雑用と名付け親系ギャル

 前に集会をした時と同じ教室で、今日の仕事の内容説明があった。


 話に聞いていた通り、グループに分かれて、さまざまな雑用をするらしい。


 俺は一階東側校舎の数教室の窓拭き掃除を命じられた。


 俺のグループが複数人ならすぐに終わるレベルだったのだが、あいにく俺と担当場所が一緒なのは、俺の隣でともに窓拭き掃除をしている女子一人だけであった。


「「はぁ〜マジだるい」」


 思ったことが口に出た、と思ったら誰かとセリフが被る。


 誰かといっても、先述したようにこの教室には俺を含め二人だけだ。


 ハモった声の主であろう女子の方を向くと、どこかで見たことのある顔があった。



 あの時の女子Aだ。俺にマクらんという微妙なあだ名を付けた張本人。



 同時に彼女の方も俺を見た。


「「あーーっ!!」」


 俺たちはまたしても互いに指を差し合い、互いに同じセリフを放った。


 その偶然の連続に、これまた同時に破顔する。


「ウチら、すっごい気が合うじゃん」


 そのはにかんだ顔は、まるで人類の考える理想の姿である、二次元の存在かと疑ってしまうほどに幻想的なものだった。


 美しい水色のサイドテールは、リゾート地の海を連想するほど透き通っていて、制服のリボンを緩め、開かれた胸元から大きすぎず小さすぎない適度な膨らみがのぞいている。


 スカートは指定の丈よりも短くなっており、バケツの中で雑巾を絞るために屈んだ際に太ももが強調されるほどだ。


 全く、うちの学校は検閲が緩すぎる! 風紀委員は何をやっているんだ! けしからん! けしからんからもっとやってくれ!


 よくよく考えてみれば、この場にいるということはこの女子も同じ風紀委員という訳だ。


 差別するわけじゃないが、これで風紀委員て片腹痛いわ。めっちゃ良いけど。


 女子Aは窓の方に向き直り、片手の雑巾で窓を拭きながら話を続ける。


「それにしても、マクらんも風紀委員だったなんてねぇ〜。『タカなん』にも教えてもらわなかったよ。まあ、そんな話す機会あんまりないけどぉ」


 タカなん……? おそらく小鳥遊のことかな? マクらんと同じノリだし、これまた女子Aが名付けたのだろう。


 いや、もしかしたらイマドキ女子たちはこういうのが流行りなのかもしれん。これに慣れていかないといかんのか……?


 というか、そんな話す機会ないって……? 最初に俺と昼ごはんを食べた時は割と仲がいいように見えたけど。


「え? その……あなたは小鳥遊……さんと仲良いんじゃないんですか?」


 素直に思ったことを聞こうとしたが、ほぼ初対面の女子に対して敬語で喋った方がいいのかとか、そもそもこの女子の名前自体を知らんのですごくぎこちなくなってしまった。


 俺の中で小鳥遊の呼び方も確定してないし。とことん陰を貫いてる俺、マジで初志貫徹。


 女子Aは窓拭きの手を止め、ジト目で俺の方を見た。


「ちょっとー、マジでありえない。わたしの名前覚えてないカンジぃ? 初めてご飯した時教えたじゃぁん」


「え? マジ?」


 素が出た。マジすか? もしかすると最低じゃね俺。全然記憶にないが。小鳥遊の時と違って顔はすぐ出てきたけど……。まさか自己紹介までされていたとは。


「わたしの名前はりょうりたに。料理谷美咲(りょうたに みさき)。料理できないけど料理谷って名前で困ってんの。ウケるっしょ」


 そう言ってはにかんだ彼女の顔はまさに女神だった。何で俺はこんなかわいい女子の名前を忘れていたのか。


 それにしてもいきなり自虐ネタとは……なかなかやりおるなこの女子。


 俺もよくオタ友に対して自虐ネタをよく使うから気持ちはわかる。実際、ちょっと気にしてることを口に出して言えるっていうのはかなりメリットだと思う。自分のメンタル的な意味で。


 料理谷が自分と同じ心境なのかはわからないが、俺は彼女の心情を勝手に想像しながら雑に窓を拭きつつ返答する。


「す、すみません。ほんとに忘れてたみたいで。まあ、俺も料理とか全然できないし、気にしなくてもいいんじゃないですか」


 このフォローが正解だったのかどうかはわからないが、ギャルゲーを多少嗜むレベルの俺からすれば、それなりな選択肢を選んだのではないだろうかと思う。


 料理谷は俺の方に寄って肩を組んできた。


「そんな堅くなんなくていいって! タメ語でいーからぁ!」


 そして料理谷は、顔を少し近づけてきてまたにこっと笑顔を浮かべる。


「でも、フォローありがと」


 彼女はそう耳元で囁いた。


 いくら今は女子同士と言えども、距離近すぎないか? 精神的にも物理的にも。ギャルってみんなこんなんなのか?


 今更といえばそれまでだが、小鳥遊や料理谷のコミュニケーションの詰め方には特に驚かされる。


「あと、タカなんとは仲悪くはないけど、二人で話すほどじゃないかなー。マクらんたちはどうか知らないけど、案外グループってそういうもんだよ」


「そ、そうなんだ」


 料理谷は俺の少し前の質問に時間差で返してくれた。


 友達の友達、のようなものだろうか? それにしてはすごく仲が良さそうに見えた。


 『マクらんたち』というのはおそらく、俺がよくつるんでいる陽や偶に話すオタク友達とのことだろう。


 俺たちは互いにゲームとか趣味の話をしたい時にするって感じで、その上で一対一で話すことも少なくない。


 だからこそ、俺は普段から普通に話してる相手のことをあまり知らないということが意外に思ったのやもしれない。


 一通り窓拭きが完了したものの、足腰が痛んでしょうがない。


 料理谷も俺と同じように疲れたのだろう。教室の端に置いてあった机上に座っていた。


「いや〜マジ疲。てかあっつぅ〜」


 料理谷は豊満な胸元をさらに緩めて、手をうちわ代わりにしていた。


 容姿は女であっても中身は男の俺が、彼女の汗ばんだ制服をまじまじと見るのはいかがなものかと思った瞬間、料理谷が口を開いた。


「あっ、そうだ! ねぇ、マクらん!」


「はいっ!」


 見てたのがバレたか?! 主に胸を!


「明日休みだし、一緒に服買いに行かない? 男子のマクらんは今の女子のファッションわからないだろうし、わたしが選んであげる! 絶対オシャレしたらかわいいよぉ〜!」


 よかったーどうやらバレてはいなかったようだな! マクらん危機一髪!



 ……ん? 今この人、なんて言った?



 俺は一瞬数秒前の記憶を遡る。


 そして彼女が言ったであろうセリフを何かの聞き間違いではないのかと脳内でさらに何度か確認する。


 何度再生しても……デートの誘いにしか聞こえない……?


 えっ?! えっ?! ちょっ……これって……。デデデデエエエト?! デートのお誘いですか?!


 いや待て待て。冷静になれ俺。今の俺のどこにモテ要素があった? ないだろう?


 じゃあこれはどういうことか。


 単なる彼女の良心だ。純粋に俺に気を遣ってくれているんだ。社交辞令ってやつだ! 抑えろ! 俺の感情!


 動揺と色欲と不安が一斉に押し寄せ俺の理性をめちゃくちゃにする。


「いぃょ……」


 口が勝手に。口が滑りに滑ってトリプルアクセルくらいかましたった。


「よし! じゃあ決まり! あしたの九時でいいよね! それじゃ〜!」


 言うや否や彼女は教室を飛び出して行ってしまった。


 ちょ、これから風紀委員長に掃除完了の報告に行かにゃならんのに。多分帰ったなこれ。


 怒涛の展開に料理谷にも思考にも置いて行かれる始末。


 俺はがらんとした教室に一人取り残されて少しの間唖然としたままだった。


 それにしても激動の数分だったな。小鳥遊以外の女子と談笑し、まさかのデートとは。相手にその気はないにしても。

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