死が二人を分かつとも

みみみ

死が二人を分かつとも

『今までありがとう。申し訳無いけど仕事の引き継ぎ頼むわ。』

仕事の昼休み、唐突に同僚である彼からメッセージが来た。彼は自分の一つ上で、取っ付きづらいが仕事が出来る事で知られていて、それで、俺は多分可愛がられていた。おれにとっては、説明が分かりやすくて優しくて、取っ付き易い人だった。そんな人からの意味深なメッセージに胸騒ぎがして、所在を探していたのが3分前のこと。あっさりとその人は、会社の屋上で見つかった。屋上の、フェンスの向こう側で。

「…あの、なんでそっちに居るんすか。」

声が震えないように、どうにか声を掛ける。彼はこちらを振り向いた。

「え、お前こそなんでおるん?俺、場所教えてへんやろ。」

あくまでいつもの調子で話すものだから、こちらのペースが崩されそうになる。当たり前のような顔をして、ふとここから彼が落ちてしまいそうで怖かった。

「会社の人に聞いて回ったんです。そしたら丁度、貴方が屋上に向かうのを見かけた人が居たので。」

律儀に彼の質問に答えてしまったが、そんなことはどうでも良かった。

「…死ぬつもりですか。」

そう言葉をかける。彼は少し困ったような顔をした。

「…おん。」

困ったような顔で彼はそう答えて、けれど暗さは全く見えなかった。これから死ぬことは彼の中で当然なのだろうと分かった。けれど、それでも俺は諦めきれなくて、彼に問い掛ける。

「ホントにいいんすか。なんかあったなら話聞きます。そんな簡単に死んでいいんすか。まだ俺ら、20代っすよ。」

早口になってしまった自負はある。けれど、人が死んでいくのを黙って見ていられる奴なんてきっと居ないし、尊敬している人なら尚更だった。

「ん、まあ、人生ってこんなもんやろ。」

けれど、明るい声色で、晴れやかな表情で、彼は言った。これから彼は死ぬのに、どうしてそんな明るい声が出せるのか。信じられなかった。

「…なんで死ぬんですか。」

止められるような理由なら止めたかった。けれど、止められるような理由でなくても止めたかった。死の理由を聞く事にもはや意味は無いかもしれないが、死んでほしく無かった。

「俺さ、恋人いてん。同性の。」

ぽつり、と彼が言葉を紡いだ。懐かしむような声だった。

「あいつと恋人になって、お互い親に勘当されたり、友人に軽蔑されたりとかあったけど。けど、理解してくれる奴もおったし、あいつが隣にいたから楽しかってんな。」

昔に思いを馳せるような口振りに、全ての言葉を過去の事として喋る様子におかしさを感じた。続きの言葉を待つ。

「そんでな、最近、そいつが死んでん。事故死やて。事件性も無いし、自殺でもない。」

自殺を考えるには妥当すぎる、余りにも重苦しい理由だと思った。けれど、彼の話はまだ終わらない。

「別にな、あいつが死んだのはしゃーないやん。多分、運命としか言えへんし。けど俺、あいつと生前に話しててんな。人生楽しく生きよう、って。あいつがおらんかったら、何やってても楽しないねん。」

「じゃあ、死んでもええかな、って。」

愕然とした。どうしてか、余りにも言葉が軽かった。倫理観の欠如、なんて言葉が頭に浮かんだ。

「俺さ、めっちゃ幸せな人生やったんよ。一生で貰える幸せに上限値があるんやったら、間違いなくそれを超えてるやろなって思う。」

彼はそう言って、にぱっと笑った。子供のような、無邪気な笑みだった。

「今までありがとな!楽しかった!」

そう言って彼は視界から消えた。鈍い音がした。直にサイレンの音もなるだろうと思った。彼の陰りのない笑みが、脳にこびり付いている気がした。

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