第30話 恋っていうから愛に来た。
木曜日の電話のあと、机で寝てしまったボクのことを達哉兄ちゃんがベットに寝かせてくれたらしい。達哉兄ちゃんはそのままボクのベッドで寝ていたから、翌朝起きた瞬間に家が揺れそうになるほどの大声で叫んでしまったのは笑い話だ。
その日1日、学校では武蔵くんがなるべく一緒にいてくれて、それ以外の時間は星ちゃんと月ちゃんがずっと傍にいてくれた。明日になれば粋先輩にも会えるという安心感もあって1日中泣くこともなく過ごすことができた。
そして今日。いつもより30分も早く目が覚めてしまったボクがリビングに下りていくと、土曜日なのに真昼姉ちゃんと夕凪姉ちゃんが起きて待ち構えていた。
「どうしたの?」
「会いに行くんでしょ?」
「とびっきり可愛くしないとね。軽く朝ご飯作るから、その間に真昼姉ちゃんに服選んでもらいな。それが終わったら私が髪型整えてあげるから」
頼もしい2人の姉ちゃんに変身させてもらったボクの服装はジェンダーレスな組み合わせ。髪はヘアオイルで整えて、前髪がひっそりと編みこまれた。
姉ちゃんたちに背中を押されて家を出て電車に乗って高校の最寄り駅に着いた。駅の改札を抜けて階段を下りると、いつものコーヒー屋さんの石壁に見慣れた人影が見えて足を止めた。
「聖夜くん。おはようございます」
ボクに向けて手を振っている粋先輩を見た瞬間に視界がぼやけた。目をゴシゴシと擦って階段を駆け下りる。
「粋先輩!」
腕を広げて待っていてくれたその胸に飛び込むと、ギュッときつく抱きしめてくれた。
今日ばかりは人目を気にしてなんていられない。温かいその胸にぐりぐりと頭を押し付けて確かにそこに粋先輩がいることを確認してから身体を離した。
「気合い入れてくれたんですね。ありがとうございます」
「どう、ですか?」
「可愛いですよ。とても似合っています」
ストレートに褒められて顔に熱が集まってくる。粋先輩の甘い視線も柔らかい声も、すぐ傍にあることが感じられて自然と口角が上がる。
「行きましょうか?」
「はい」
差し出された手をに自分の手を重ねて握ると、包み込むように握り返される。肩を並べて歩ける幸せを感じながら、武蔵くんが待っているはずのカフェに向かって歩き始めた。
駅から歩いて5分、ビルの1階に入ったオシャレなカフェに着いた。お店の中に入ると、店主らしきお兄さんがいれる紅茶の甘い香りが鼻を掠めた。
「いらっしゃいませ」
ホールを回っていた可愛らしいお兄さんに声を掛けられると、粋先輩が1歩前に出た。
「先に1人来ているかと思うのですが」
「鬼頭様ですか?」
「はい」
「こちらへどうぞ」
促された先、お店の角のボックス席に武蔵くんの後頭部が覗いていた。
「武蔵くん、おはよう」
ボクが声を掛けると振り返ってくれた武蔵くんは、ボクの顔を見てホッとしたように目尻を下げて笑ってくれた。
「聖夜おはよう。会長は久しぶり」
「武蔵くん、久しぶりですね。いろいろありがとうございました」
ボクが武蔵くんの向かいに座ると、隣に粋先輩が座った。
「いいっすよ。それに俺も寂しくなかったと言えば嘘になるんで、今日は会えて嬉しいっす」
武蔵くんの言葉は本音だとは思うけど、ボクが粋先輩と武蔵くんの2人の間が1番安心できることを知っているから来てくれたんだろうなってことは分かる。武蔵くんがいつもボクのことを優先してくれていることには本当に感謝しているし、そういう優しいところが大好きだ。
メニューを確認して注文を終えると、粋先輩は背負っていたリュックから紙袋を取り出した。
「これが武蔵くん、こっちは聖夜くんに」
皷門がデザインされた紙袋を上から覗くと、きらきらした星が見えた。
「金平糖?」
「はい。可愛いでしょう? 砂糖菓子だから勉強中に食べるのにちょうど良いでしょうし、何よりこれを食べている聖夜くんが見たかったんです」
いたずらっぽく笑った粋先輩は武蔵くんの方をちらっと見ると目を少し見開いた。不思議に思ってボクも武蔵くんを見ると、武蔵くんは紙袋を覗き込んだまま目を輝かせていた。
「武蔵くんって、そんなに煎餅好きなんですね」
「え? ああ、昔から何故か好きなんすよね。甘いものも嫌いじゃないけど、甘ったるいやつよりはしょっぱい煎餅の方がお茶に合うし?」
「お茶も好きなら、そっちでも良かったですかね」
武蔵くんの新たな一面に驚きながら2人の会話を聞いていると、さっきの可愛らしいお兄さんが3人分のパフェやパンケーキ、ケーキを持ってきてくれた。
「オレンジチョコレートのパンケーキのお客様」
「はい」
武蔵くんの前に置かれた大きなパンケーキに言葉を失う。あの値段でこの大きさは予想していなかった。それにトッピングのオレンジとチョコレートの量も山盛りだ。
「紅茶のシフォンケーキのお客様」
「はい」
粋先輩の前に置かれた4等分にカットされたシフォンケーキも分厚くてふわふわだ。紅茶の香りも柔らかい甘さで食欲を刺激される。
「こちらはチョコパフェでございます」
最後にボクが頼んだチョコパフェが置かれた。2つのチョコアイスと1つのバニラアイス、そして生クリームの上にたっぷりかけられたチョコソースとチョコチップが美味しそうだ。
「こちらはお飲み物でございます」
可愛らしいお兄さんと入れ替わりでドリンクを持ってきてくれた3人目のお兄さん。低くて落ち着いた声がこのお店の雰囲気に馴染んでいる。
粋先輩はホットのブラックコーヒーで武蔵くんはホットのダージリンティー、ボクはホットココアを注文した。目の前に並んだスイーツと飲み物を、粋先輩のお土産話を聞きながら堪能した。
食べ終わったころにはお店が混んできて、武蔵くんおすすめの3人でゆっくり話せる場所に移動することになった。もちろん割り勘でお会計をして、3人の店員さんに見送られながらお店を出た。
ボクを真ん中にして3人で通学路をゆっくり歩く。そして高校の横を通り過ぎた先、遊具のある小さな公園には休日ということもあって子どもたちがたくさん遊んでいた。そこも通り過ぎて城跡のお堀と大きな門を過ぎると、目の前に神社が現れた。
「こんなところに神社があったんだ」
「そう。受験に落ちないって人気の神社で、俺も高校受験の前に参拝した」
粋先輩と武蔵くんの会話を聞きながら初めて来る場所をキョロキョロと見回した。
武蔵くんの思い出の場所。そう思うと3人で一緒に行きたくなった。
「ねえ、せっかくだから参拝しない?」
頷いてくれた2人と手水舎で並んでお清めをして、お賽銭箱の前までは縦に並んで歩いた。みんな神社の作法には心得があるらしい。
お賽銭箱にそれぞれ5円玉を投げ入れて参拝する。
ボクが目を開けると2人はボクの後ろでボクを待っていた。
「おまたせ」
2人の元に歩いていくと、周りに人目がないことを確認してから2人と手を繋いだ。
「随分長かったですけど、何を祈ったんですか?」
鳥居を潜り抜けて木が生い茂る広場に抜ける階段を登っていると粋先輩にそう聞かれて、少し悩んだけど唇に人差し指を当てた。
「叶って欲しいから、内緒です」
「そ、そうですか」
「あ、あそこ座ろうぜ」
粋先輩の顔が赤くなっているのがちょっと嬉しくて覗き込んでいると、武蔵くんが広場に置かれた木製のベンチを指さした。
3人で並んで座ると、粋先輩がリュックのチャックを開けた。
「青と緑と黄色。何色がいい?」
粋先輩が取り出したのは3色の色違いの水引。武蔵くんが微笑んでくれたから、先に選ばせてもらうことにした。
「じゃあ、緑にします」
「緑が好きなんですか?」
「粋先輩、絵の具を混ぜたときに青色足す黄色は何色になりますか?」
粋先輩から緑の水引を受け取りながら聞き返すと、粋先輩と武蔵くんは目を見開いた。
「俺と会長、2人の色に染まりたいと?」
「さあ、どうでしょう?」
武蔵くんのニヤリと笑った余裕そうな顔を崩してみたくなって、腕を引っ張ってその唇を口で塞いだ。
呆けた顔で固まっている武蔵くんが焦りだしたのを見てクスリと笑うと、後ろから肩を掴まれて粋先輩の方を向かされた。
粋先輩は拗ねたような怒ったような複雑な顔をしているけど、ボクは2人に差をつける気なんて毛頭ない。腰を浮かせて一気に近づいてその唇を奪ってやった。
粋先輩はボクからするとは思っていなかったみたいで、目を見開いて口を手で覆った。
何も言えずに固まっている2人の腕をギュッと抱き込んで引き寄せると、粋先輩と武蔵くんの温もりを感じた。この温もり、絶対に手放してやるもんか。
「ボク、もっと頑張るから」
小さく呟くと、粋先輩と武蔵くんの腕がボクをしっかり抱きしめてくれた。大丈夫、この腕の中でなら頑張れる。
「一緒に、ですよ?」
「3人で頑張ろうな」
愛の3乗。
3人の愛を掛け合わせて、ボクたちは1歩ずつ前に進んでいく。
――—―――――――――――――
続編のお知らせ
『愛の3乗。和』
3人の物語はまだまだ続く!
お宅訪問! デート! 聖夜祭!
青春イベント盛りだくさん!
愛の3乗。 こーの新 @Arata-K
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