この世界に本屋はない

水城みつは

本屋を開きたい

「本屋を開きたいんだ……」

壁一面が空の本棚で埋まった部屋で彼女はそう呟いた。

「本棚はある。しかし、本がない」

立ち上がって空の本棚を見つめる。


「魔道書やスキル書は?」

本がないのにこれだけの空の本棚を集めたことに少し呆れつつ問いかけた。


「魔導書は魔法ギルドの専売。スキル書はスキル屋で売っている」

彼女は机の影から何冊かの魔導書とりだし、本棚に並べて言った。

「なにより、こいつらを並べても本屋と認識されないんだ」


 この世界では施設として認識されるには一定の大きさの部屋と機材の配置が必要だ。例えば、酒場ならバーカウンターと2セット以上の机と椅子等。認識されないかぎりただの飾りで機能しないのである。


「そう言えば図書館も無いね」

情報収集施設としてありがちだが見かけたことはない。ギルド併設の資料室等も存在しない。

「この街は大分古いけど、第一陣が来た時は何もない平原だったらしいよ」

つまり、この巨大な迷宮都市は運営によって用意されていてものではなく、ユーザーにより作られたのだ。

魔導書やスキル書はその迷宮ダンジョンの宝箱から得られるレアアイテムである。フレーバーテキストはあるが、実際に本として読むことはできない。使用した途端光となって消えてしまうのだ。


「という訳で、迷宮ダンジョンに潜るぞ」

店の奥から巨大なリュックと杖を引っ張り出してきた。

仕方なく渡されたリュックを背負う。

行動がいつも突然だ。

「迷宮で稀に白紙の書が見つかるらしい。これで好きな本を作り放題だぞ」

多分、そんなアイテムではないだろう。しかし、言って聞くような師匠ではない。

「何層あたりで見つかるんですか、その白紙の書とやらは?」

それに、どれくらいの期間潜るつもりなのか。

「知らん。新アイテムぽいから最深部だろ。本棚が埋まるぐらい手に入れてくるぞ」


 二人は迷宮ダンジョンの最深部を目指す。まだ見ぬ本を求めて。

 この世界に本屋はない。

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この世界に本屋はない 水城みつは @mituha

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