Librarie de La Mort〜リブレリ・デ・ラ・モール〜《死神の本屋》

青時雨

Librarie de La Mort〜リブレリ・デ・ラ・モール〜《死神の本屋》

後悔もあったけれど、俺的にはかなり満足した人生を送れたと思う。

老いた妻や娘夫婦、そして孫に看取られて幸せだ。




目を覚ます。

え、死んだだろ俺なんで目が覚めんの?

狼狽えるが、死の世界について考えなかったわけではない。

死後の世界についてどんなところなのか、自分に意識はあるのか、など色々考えたことくらいはある。

幽霊、になったのか?

よくわからない。うろうろしていると、目の前に若い時の自分にそっくりな人物が立っている。



「俺に超似てるじゃん、そんなに若くして死んだのかお前」



ひとりでなくなったことに安堵して話しかけてみるも、反応はない。むしろ俺の口の動きに合わせてあっちも動いてる。これは…


鏡?


手を伸ばすとそこは行き止まりで、どうやら自分が映っているらしかった。

マジか、死ぬと若返るの?

見た目が若い頃、俺的に一番ビジュアルが良かった頃の自分だ。ここ最近は病院にあった鏡でシワだらけの自分とにらめっこする日々だったから、懐かしさと嬉しさで顔が綻ぶ。


あれ


手に何か持っているようだ。強く握りしめていた拳を開くと、中には蝶…のような栞があった。

ゆっくりと羽を羽ばたかせると、栞はふわふわと舞い上がって飛んでいく。



「ついて行けばいいのか」



いつの間にか目の前の鏡状の壁はなくなっていて、羽ばたく栞を追いかけるようにして暗闇の中を彷徨った。









「へぇ〜?」



目の前に〝Librarie《リブレリ》〟と書かれた、建物としては歪みすぎている店が現れた。

まあ、その名の通り本屋なのだろう。

栞はそのドアノブにとまって、まるで開けろと言っている。

神様でもいそうな雰囲気だな。

意志の強めな栞に素直に従いドアノブを回す。

中へ入ると意外と手狭で、壁際の本棚にはぎっしり本が並べられていた。よくよく見れば天井や床にもどういう仕組みかわからないけれど本が収納されている。

なんで天井の本落ちてこないんだ、まあいいか。死後の世界に重力はないのかもしれない。

しばらく店内の様子に圧倒されてその場に立ち尽くしていると、ガサガサと店の奥で音がした。

もう死んでるわけだし、何も恐れるものはないかな、とビビりな俺にしてはなんの躊躇もなく店の奥へ進んで行く。



「この推しはこの時代に需要あり。はい、爆誕」



ブツブツと何事かを呟いていたシルクハットの背中に、声をかける。



「さっき死んだ者なんですけど…なんかこの栞に案内されて」



くるりと振り返ったその人物は、中性的な容姿をしていてその美しさにぞっとする。

焦げ茶色のスリーピーススーツには金の蝶の刺繍があしらわれていて、かぶっているシルクハットには大小様々な金の蝶の装飾がなされている。

この落ち着いた本屋に合う落ち着いた雰囲気でありながら、この人物の良さを最大限に引き出す装いだった。



「あぁ、君ですか。君には生前から目をつけてましたよ、河合見人かわいみると君。君は推される素質ありです!」



急に両手を上げてのけぞる帽子の人に若干、いやかなり引き気味に続けた。



「いやいや、見人みひとです、読み」


「ふむ、そうでしたか」


「あなたは誰ですか?」


「誰でもありませんよ。呼び名がほしければカラミテスと呼んでいただければ」


「ならカラミテス、あなたは俺のこと知ってるんですか」


「ええ、今の君の容姿は私が君を発見した時の容姿です。つまり君が23歳の時に私は君を見つけたわけです」



もっと簡潔に話せないのかと呆れながら、音もなくいつの間にか肩に止まっていた栞に目をやる。

こいつもため息をついているかのようにゆったりと羽を開いたり閉じたりしていた。



「なんで俺ここにいるんですかね。先にいった両親とか姉や兄のところに早く行きたいんですけど」


「焦らずとも用が済みましたらそちらへお送りします」


「用って?」


「はぁい!」


聞かれるのを待ってましたと言わんばかりにカラミテスは、豪奢な椅子から飛び上がった。店内の混沌としつつも落ち着いた雰囲気とは大違いの陽気な店主だ。



「君は、いつか誰かの推しになるんですよ」


「推しに?」



俺が生きてた世界にも推しの概念があった。アイドルやVtuber、他にもイラストレーターや2次元のキャラでも、推される人というのはいたな。



「君のいた世界は3次元。ですが、2次元の世界もまた存在します」


「ふぅん。推しに合ってみたかったな」



若い頃に夢中になっていたゲームに登場する、ショートカットのクールビューティーな推しを思い出す。あの子もじゃあその世界で生きてるのか。



「2次元の世界に生死の概念はありません。ただ生まれたら忘れられてしまうまで、決められたシナリオの上で踊るだけです」


「おい、夢のないこと言うなよ」


「3次元を生きる人が2次元の推しを生み出す。その発想を与えるのが私の仕事…というより趣味なんです」



発想と言っているのがどうやらこの本たちのことらしい。

俺の生きてた世界を生きる創作者へこの本つまり発想を売り、対価としてこいつの所有する2次元の世界に新たなキャラを生み出してもらっているということらしい。



「本って物理的に売るのか?」


「いえ、それは無理です。ただ私はまあ神みたいなものなので、この本を3次元に送る段階で発想という概念に変換して、売りたい方の脳へ勝手に運びます」


「なんか怖えよ」



死後の世界には色々あるかも〜なんてくらいじゃ想像つかないもんがここには存在していた。変わった店主が、変わった〝本〟を売る。

そして一番気になるのが、俺が推しになるという話。



「君の歩んだ人生には推せるポイントが沢山あります。その推せる部分のみを抽出して本にし、君に限りなく近い人物を2次元に生み出してもらうという算段です」



なるほど、そうやって2次元のキャラクターは生み出されていたのか。なら俺の推したあの子も、ずっと昔に3次元に生きてたのか。なんか、エモいな。



「抽出って、具体的には?」


「話し聞かせてください、君の人生を」



推せる人生を歩む人物を一応ちょこちょこチェックしていたと言うが、カラミテスも流石に何人もの人生を最初から最後まで見届けていたわけではないらしい。

いいなこの人と思ったらここを訪れるまで待って、こうして全て話してもらうのだと言う。



「具体的にお願いしますね?。語られる人生から得られる君という人物像は発想の肝、成功談や失敗談といったエピソードは最高の旨味。ああ、なんて素晴らしいんでしょう」



かなりご機嫌なカラミテスに椅子を進められ、さっそく俺の歩んできた人生を語り始める。

こうして改めて自分の生きた奇跡を辿るのは、案外楽しいものだ。



「って感じ」


「はぁぁ…これは尊いキャラが生まれそうですね。君は推せる要素を多く持っている!」


「それはよかった?」



先程までは落ち着いた様子で静かに筆を執っていたカラミテス。その姿は妖精と言われれば信じてしまうほど神秘的に美しかったのに。喋ると途端にそのイメージが崩れるなぁ…。

なんかちょっと残念な人だな。

そんな風に思っていると、柔らかな笑みを向けられた。



「ご協力、ありがとうございました」



カラミテスは俺の推せるポイントを書き記していた紙を束ねると、左手の小指にはめていた小さな指輪にとまった蜂の針を抜いた。

眼鏡のフレームを歩く銀色の蜘蛛から煌めく糸を紡いでその針へ通し、紙の束をそれで閉じていく。

それは見ていて魔法のようであった。



「役に立ったならなにより。そろそろみんなのところへ行かせてもらえる?」


「ええ」



綴じた紙束を手に、カラミテスは壁際にあった壺からとびきり大きいトンボの羽を持ってくると、それで表紙を作る。

透明な表紙をしたそれは勝手に本棚へと収納されて行く。



「もういいよ、戻っておいで」



カラミテスの声に応えるように、俺の肩にとまっていた栞が金色の蝶へと姿を変えた。

ふわりふわりと俺から離れていくと、他の蝶と同じようにカラミテスのシルクハットの飾りと化して呼吸を止めた。



「では、河合見人君。おやすみなさい」



こうして彼は先にたった家族の元へ行き、まだ生者の世界で生きる愛するものたちを見守ったのであった。







☆☆☆







「次のイベント、ミルト来るって!」


「あたしにも通知きた。やばいよね〜課金しちゃおっかな〜」



生者の生きる世界では、今絶大な人気を誇るある男性キャラクターゲームが流行っていた。

ストーリーやイラストもさることながら、キャラクターひとりひとりの個性が活きていると評判だ。

アイドルのように多くの人に愛されているわけでもなく、何か突出した才能があるわけでもない。けれどそのキャラクターたちは、このゲームを楽しむ人々のリアルに近い、共感できる人生を歩んでいた。



「あたしミルトの気持ちめっちゃわかるんだよね」


「わかるわかる前のイベントの時もさ、ストーリーでめっちゃ泣いた。それ私じゃん、みたいな」


「もしミルトがこの世界にいたらきっとめっちゃ共感してくれると思う」


「ミルト待ち受けにしてるおかげで、仕事頑張れてるようなもんだわ」












あの少し風変わりな本屋の店主、カラミテスが趣味で本屋をしていなければ、この世界に推しは生まれていない。

カラミテスは一見、無害に見えるだろう。

けれどカラミテスに〝推せる〟人物だと選ばれてしまった者は、二度と転生することはない。

普通の人間であれば、その人生を描いた本は神によって大切に保管され、転生した際には新たなページに新たな人生が綴られる。

河合見人の人生を描いた本は、カラミテスによって都合よく書き換えられ既に売られてしまっている。

見人はまだ知る由もないが、いつかひとり天界に残されたまま転生することができないことに気づくだろう。

そうなってしまった者は次第に人の姿を保てなくなり、唯一話し相手になってくれるカラミテスの眷属となってしまう。

そう、あの虫たちのようにね。




ぐにゃりと曲がったあの本屋の表には、〝Librarie《リブレリ》〟と書かれている。

本屋の名前が「本屋」だなんて、おかしいと思うだろう?



「さあ、河合見人君の魂は眠った。もうみんな出てきていいよ」



どこからともなく現れた蜈蚣むかではカラミテスのいる店の奥から店の外へと出て行く。

店の外壁によじ登ると、本来の店の名前になるようその体を折り曲げ字を描く。



Librarie de La Mort《死神の本屋》



ここへ誘い込まれてしまった者の魂は、もうカラミテス《しにがみ》の手のひらの上だ。







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Librarie de La Mort〜リブレリ・デ・ラ・モール〜《死神の本屋》 青時雨 @greentea1

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