第12話 旅立ち
東の大陸、ジバの村の北にある、アルバの森。
かつて聖王アルベルトと共に魔王を封印した魔女アランナが営む、魔女の本屋がそこにある。
夜と朝の狭間、魔女が定めた呪文を三回唱えれば、魔女の本屋への道は開かれる。道案内に現れた赤い花妖精が、魔女の本屋まで導いてくれるだろう。
樹齢数百年のアルバの大木。そこに魔女の本屋がある。
「こんにちは、アランナ様」
「やあ、ミレイちゃん、いらっしゃい。今日はフレタちゃんも一緒なんだね」
アランナの手によってイソトメが封印されてから、数日後。ミレイはフレタと共に、魔女の本屋へと足を運んだ。
二度目のミレイは慣れたものだが、今回が初めてのフレタは道案内に現れた花妖精を見て目を丸くしていた。アランナが声を掛けた時には、ミレイの背に隠れるように、一歩後ろへ下がっていた。
「今日はどんな本を探してるんだい?」
「ありがとうございます。今日は、えっと··········地図が欲しくて」
「地図?」
「私とフレタ、あの村を出ることにしたんです」
目を瞬かせたアランナに、ミレイは穏やかにそう言った。
継ぎ接ぎだらけのスカートに、擦り切れた靴。以前アランナの元に訪れた時と同じ服装だが、今日は背中に小さな荷物袋を背負っている。フレタの背にも同じ物があった。
「アランナ様がイソトメを封印してくださったおかげで、私とフレタが生贄になる必要はなくなりました。本当にありがとうございます。でも··········私達は、生贄として育てられてきましたから」
村の守り神として扱われていたマガイモノを失って、ジバの村の大人達は呆然としていた。地面に座り込んだ白髪頭の村人達の姿は、今もミレイの目に焼き付いている。
太陽が空高く昇る頃には、さすがにのろのろと立ち上がって各々の家の中へと引き上げたが、ただでさえ老人だらけのジバの村から、ごっそりと生気が抜け落ちていた。
守り神に生贄を捧げていれば、村は安泰だ。ジバの村の大人達は、そう信じていた。
今はイソトメを失った衝撃で、生贄の儀式のことを忘れているが、立ち直った後はどうなるか。また新たなマガイモノを見つけて守り神に仕立て上げ、何としてでも生贄を捧げようとするのではないか。
ミレイには、その疑念が振り払えなかった。悪しきマガイモノを封印した後、ジバの村の住人がミレイとフレタを受け入れるとは思えなかった。
大人達が立ち直る前に、フレタと共に村を出る。大人達に殺されることなく、生き延びるためにはそれしかない。
「せっかくアランナ様に助けて頂いたのに、あの村に居たせいで殺されただなんて、もったいないじゃないですか。だから、村を出て、フレタと二人で生きようと思ったんです」
「そう」
アランナは小さく頷いた。軽く握った右手をミレイの顔の前に突き出す。首を傾げたミレイの前でその手が開くと、そこには折りたたまれた小さな地図があった。
「東の大陸の地図だよ。ここからなら、トーハの街が一番近い」
「あ、ありがとうございます。えっと、おいくらですか?」
「要らないよ。私からの餞別だ」
目を見開いたミレイに、アランナはにっこりと微笑んだ。
「もし、何か困ったことがあったら、またおいで。
かつて、聖王アルベルトと共に魔王を封印した魔女アランナ。
彼女が営む魔女の本屋へ行きたいのなら、夜と朝の狭間の時間に、すぐ近くの森に行けば良い。
そこは樹齢数百年のアルバの樹がそびえる森、この大陸の全ての森と繋がっている。
魔女を頼りに、魔女の本屋に訪れた者を、彼女は決して見捨てはしない。
世界を救ったその後に 三谷一葉 @iciyo
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