異世界流刑少女刑外伝アテナのトンデモ仕掛け貸し本屋

土田一八

第1話 アテナのトンデモ仕掛け貸し本屋

 オリュンポスにあるアテナの神殿。


 異世界流刑少女刑という呪いの契約術式をイリア アーテナーに不本意ながらも施したアテナはあれからしばしば放心する事が多々あった。そんなアテナを見かねていたアルテミスは道でバッタリ会ったヘルメスに相談した。ヘルメスは人間界への行商から戻って来たばかりだった。

「そうだなぁ……何か心を満たす事をすればいいのでは?」

「心を満たす?」

「うん。人間界には本というものがあり、書かれている内容は様々だが、そのうち物語という一つの分野がある。平たく言えばお話さ。そのお話は時に読む人の心に響くものがある。それをアテナが書くのさ」

「なるほど。知恵と芸術、戦略を司る姉さんなら造作も無い事だと思う」

「何かに熱中させれば、辛い事を忘れる事ができるだろう」

 2人は早速アテナの神殿に向かった。


「…我に物語を書けだと?」

 アテナは訝しがる。

「今のアテナには熱中するものが必要だと思うな」

 ヘルメスはアテナを説得する。

「私も同意見よ」

 アルテミスは言葉を選びながらヘルメスに同調する。余計な事を言ってこれ以上アテナを拗らせる訳にはいかなかった。

「…お話か…少し考えさせてくれ」

「ああ。いいとも」


 その夜。アテナは物思いに耽る。そして思いついた事を書き出してみる。


 コケコッコー!


 アテナは雄鶏が鳴いて朝になった事を知る。

「もう、朝か」

 アテナは夜通しで書いてしまった。それから数日後。


 ヘルメスとアルテミスはアテナが書いた物語を読む。

「すごいねこれだけの分量を10日で書き上げてしまうとは」

「すごい面白いわね」

 2人はアテナを称賛する。因みに物語は差し障りの無い様にギガントマキアを題材にしたものだ。

「文字だけでも臨場感があるけれど、絵もあってもいいのではないかしら?」

「それは名案だ。文章の裏の紙面も有効活用できる」

 アテナが書いた文章は表だけだったので裏に絵を描く事を提案された。

「ふむ。絵か…」

 アテナは思案する。

「分かった。絵も描いてみよう。


 アテナは絵を描く事にした。本の作り方もヘルメスから聞いたので、見開きで左側が絵、右側が文章となるようにした。

「何か閃いたぞ」

 アテナはただ絵を描いただけでは芸が無いと思ったのである工夫を同時に拵えた。こうしてさらに10日が経った。アテナはヘルメスとアルテミスに書き終えた本を貸した。


 ヘルメスとアルテミスは驚いた。絵が立体的に起き上がり動くのである。この仕掛け本は神々の間でたちまち評判になった。気を良くしたアテナは新作を作る事にした。アテナは軍神である為か勇ましい戦記物が多かった。

 ある日、ヘラがやって来て私だけの本を作って欲しいと頼んで来た。アテナはひと月ほどかけて書き上げてヘラに贈呈した。その本は、ヘラを持ち上げる内容だったのでヘラは大喜びをした。そこでヘラは、他の人にもこの本を読ませたいと言って来た。アテナ少し考えて、貸し本とする事にし、銀貨2枚で貸す事にした。


 それからアテナは新作本を書いては貸本にして稼ぐ事にした。神殿の一部を貸本屋に改装した。


 ある日、ゼウスが自分についての本を書いて欲しいと言って来た。ヘラにかなり自慢されたらしい。アテナは、さすがに父上の本は大作になるので、幾つかの本に分けて書く、という事で引き受けた。

 そして半年程かけて最初の本が出来上がった。最初の本はゼウスの生まれやオリュンポスの成立過程に沿った内容だったのでゼウスは気を良くした。二番目の本は戦争などでゼウスの活躍を描いた内容だった。三番目は打って変わってゼウスの女たらしをテーマにした過激な内容だったので、ゼウスが本を読みながら文句を言うと、どこからともなくゼウスは雷を撃たれた。

 ぴかっ!

 どごーん‼

「うが⁉」

 ぶすぶすぶす……。

 雷に撃たれて黒焦げになったゼウスを見たヘラはほくそ笑んだ。

「ざまあみなさい」


 こうした犠牲者(?)は、他にもいた。


 アテナの仕掛け本に興味津々だったアルテミスはアテナから噂の仕掛け本をようやく借りる事ができた。タイトルは『とある女狩人』。

「きゃー⁉」

 アルテミスは、あるページを開いた瞬間、大きな悲鳴を上げた。


 かつての恋人、オリオンにアルテミスの放った矢が刺さる場面の仕掛け絵だった。

「何よ姉さん…」

 アルテミスがボソッと文句を言った瞬間。

 ばしゃっ!

 アルテミスは冷たい水を頭から浴びせられてしまった。それからアルテミスはページが進むごとに様々な災難を受け続ける。

「フン。ざまあみろ」

 アテナは、アルテミスをこれっぽちも許していなかったのだ。


 かつてアテナに逆らったり張り合ったり怒りを買ったりした者はこうしてアテナの仕掛け本により復讐された。関係者には大昔の失敗や辛い思い、悲しい出来事などを否応なく思い出させられて或いは恥をかかせられるので不評だった。が、文句を言うと容赦なく災難に見舞われる為に黙認するしかなかった。


 ところが、無関係な神々にとってこうした仕掛け本は楽しみの一つになり始めていた。「他人の不幸は蜜の味」とはよく言ったもので、愛憎劇や悲劇モノは大人気シリーズ化され始めていた。そのうちにどこから噂を聞いたのか隣のローマ神界からも注文が来るようになった。

 特にカエサル、ネロ、スパルタカスなどは大人気シリーズとなった。ローマでは戦記物、事に英雄ものが好まれた。

 それから北欧やオリエントの世界などからも注文が来るようになって、すっかり売れっ子作家にもなっていたアテナは忙しくなって貸本屋の方はニュンペーに任せていた。

「よし。あれを書こう」


 こうしてアテナの貸本屋は「アテナのトンデモ仕掛け貸本屋」として大いに繁盛したのだった。


                                  おわり

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