とある本屋の不思議現象

あしわらん(葦原名香子)

とある本屋の不思議現象

 曾祖父が若かった頃は、本に厚みがあり重さがあったそうだ。本屋という商売があり、曾祖父はそこで手に取る本の手触りや匂いが好きだったと生前よく聞かされた。そして、本屋に行くともう一ついいことがある、と。


 2060年代、森林不足が警告の域に達し、紙媒体の製造が禁止された。その後はプラスチック製のフィルムが紙の代りを務めたが、これも海洋プラスチック問題を悪化させ禁止に。2070年現在はペーパー液晶が主流と化した。


 曾祖父は旧式の電子書籍のことを「こんなもん本じゃねえや」と愚痴をこぼしながら亡くなった。確かに僕もあれは使いたいと思わない。が、今のペーパー液晶本はいい。使い心地は紙の本と違わない。曾祖父はそれでもやはり紙がいいと言うだろうか。


 大学の帰り、オフィスビルが建ち並ぶ神保町の一角に、古い看板が出ているのに気が付いた。


 ……何の店だ? しかもこの看板、木製じゃないか! こんな高価なもん表に出しっぱなしにするなんて、ここの店主は馬鹿か!?


 僕は一言忠告しようと店内に足を踏み入れた。瞬間言葉を失う。そこはまさに話に聞いてきた本屋。


 独特の匂いが鼻腔を抜ける。


「いい匂いだろ。インクの匂いだ」

「ヒィッ」


 うそだろ!? 今のは亡くなったひいじいちゃんの声だ。こんなところにいるはずがない。


 なんか奇妙な店だ。腹に違和感が……。

 ん。この感じ、まさか!? 

 なんでこんな時に、こんなところで!?


「本屋に行くと便意を催す。それが『青木まりこ現象』  言ってた通りだろ、本屋に来るといいことがある」


 いいことってこの事かよ。くだらないっ。

 声の主は祖父だった。


「じーちゃん、こんなとこで何してんの?」

「親父の遺品整理」

「遺品って、ここ、ひいじーちゃんの店?」

「そうだ、すげえだろ。これが宝の山ってんだ、よく見とけ。そんで、本ってやつをいっぺん手に取ってみろ。お前にもひいじいちゃんの言ってたことが、わかんだろ」



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