夢の本屋

砂田計々

夢の本屋

本が読みたくて本屋に行くこともあれば、なんだか知らないうちに本屋にいたということもある。


ここは初めてくる古本屋。


派手な装丁が、見たことがあるようでまるで知らないハードカバーの推理小説。

何かのパクリだと思うのだけど、明確な元ネタが思い出せない少年マンガの第3巻。

ぱっと見英語のようで、英語ではない言語で書かれた分厚く埃っぽい洋書。

ジャンルも無差別。

棚に並ぶのはどれもそんな本ばかりだった。


マンガについては巻数が揃っている試しがない。

まず1巻が抜けている。そのあとも歯抜け状態。

古本にしてはどれも状態が良いので非常に惜しいけど、読んだことがないマンガの端本を買ってもしょうがない。

私は意識的にマンガを除外して棚に目をやった。


「なにか探してるのか?」


棚を見ていると、どこか訳知り顔のお爺さんが話しかけてきた。


「何か、ないかなと」

「ここにあるのは店長がダブって買ってしまった重複購入本だけだ」

「重複購入?」

「ああ、あるだろ? 最新刊だと思って買って帰ったら、自室の本棚にまったく同じ本が刺さってたこと」

「ありますけど」

「ここの店長は読書界隈では超有名な読書家でね。自宅のコレクションはそりゃもう大したもんだ。見たことはないがね。一度買った本は決して手放さないから蔵書が膨れ上がるんだけど、奥さんがついにキレてね。重複してるのだけは売りに出してるんだって話だよ」


道理で巻が欠けているわけだ。


「それにしても、こんなにですか」

「ああ、こんなにだよ」


棚にはぎっちりと本が詰まっている。これらがすべて重複して購入したものだというのだから相当な間抜けだ。うっかりにしては度が過ぎている。


この店の事情にやけに詳しい老人によると、店長は大学も留年しているらしい。

ここまでくるとダブることに異常な美学を持っているとしか思えない。

価値観や考え方は人それぞれだ。


教えていただきありがとうございました、と深々とお辞儀して老人を見送ると老人はまたすぐそばにいた若い女性に話しかけていた。


何か買って帰ろう。そう思って物色を再開した。

重複して買ってしまった本だと知って棚を眺めると、また違った味わいがあった。


何気なく手に取った一冊の文庫本。

『紙片が山積みになってて、どれも裏向きに置いてあるのが今思えば異常だったんやけど、なんかそれはなにが書いてあるのかわからんけど、どうやら負け組の証らしくて、失敗したら増えていく感じ! スーパーのチラシだったり色紙だったり、中には白紙もあった。紙片の山の前で僕も女も半泣きやった。』

文庫の裏面に書かれたあらすじを読んでもさっぱり訳がわからない。

シールに100円とある。

買うことにした。


件の店長らしき男がやけに大きな本をレジ台に開いて目を落としていた。

会計をしている間、店長はぶつぶつと何か言いながら文字を追い、一度も目が合うことはなかった。

私は買った本を手に店を出た。


と、まあこれは夢で行った本屋の話なのでもう二度と行くことはない。

なんというタイトルだったか。

買った本についてももうすべて忘れてしまった。

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