ビニ本屋(KAC20231)
つとむュー
ビニ本屋
僕のバイト先は、影で「ビニ本屋」と呼ばれている。
エロい本ばかり売っている、というわけではなく(ちょっとはあるけど)、田舎の駅前にある普通の本屋。
店長は若くて美人だし、こじんまりとした店内はそんなに忙しくないし、お気に入りの書籍コーナーもあるし、そんでもってバイト代もちゃんともらえるし。
変な名前で呼ばれさえしなければ、文句なしに最高のバイト先なのだが……。
――本や雑誌にこれでもかと掛けられているビニールの保護カバー。
これが「ビニ本屋」と呼ばれる原因だ。
一、二ミリとかなり厚い上に、人気雑誌だけでなく新刊のほぼすべてに掛けられている。
立ち読み防止だったらシュリンクやシールで対処すればいいのにな。他の本屋みたいに……。
そんな不満が知らず知らずに蓄積してしまったのだろう。
会計の後、カバーしてあったビニールをつい乱暴に保管箱へ投げ入れてしまう。
それを店長に見つかってしまったのだ。
「ちょっとちょっと貴司くん! ビニールカバーは丁寧に扱ってよね」
「でもこれって、ただのカバーでしょ? 消耗品じゃないですか」
「何言ってんのよ。それってハイテクの塊なんだから」
ハイテクの塊?
この、ただのビニールのカバーが?
理解できない僕がポカンとしていると、カバーを拾い上げた店長が丁寧に拭きながらしみじみと語り出す。
「これはね、正式名称を『両面スキャンフィルム』って言うの」
両面スキャンフィルム?
何ですか、それは。
「まず本にカバーするでしょ? そしたらね、表紙、背表紙、裏表紙を勝手にスキャンするの。どんな本にカバーされたのかを自己認識するのよ」
ええっ、自己認識ィ?
そんなAIみたいなことしてるんですか?
「次にね、お客さんがその本を手に取るでしょ? すると指紋や手相、肌感をスキャンして、どんな人が手に取ったのかを判断してくれるの」
マジですか?
でもそれって個人情報的にまずいのでは?
僕が怪訝な顔をすると、店長が慌てて補足する。
「心配しなくても大丈夫よ。個人情報とは紐づけてないから。ほら、コンビニではどこでもやってるでしょ? どんな客層がどんな商品を買っているのかの調査」
その話は聞いたことがある。
コンビニのレジは、性別や年齢層を入力する必要があるらしい。
確かにこのカバーで両面をスキャンしてくれれば、店員が入力しなくてもどんな客層がどんな本を買っているのかを調べることはできそうだ。
「コンビニでの調査は不十分なの。だって買ったお客さんしか調査できないでしょ? このフィルムがすごいのはね、立ち読み客も調べることができるところなの。どんなお客が、どんな時間帯に、どの本を手にとったのかをね」
それはすごい。
この情報はかなりの価値があるに違いない。
「それだけじゃないのよ。フィルムに映った瞳の動きを検知して、お客が何を求めているのかも解析できるの。タイトルで本を選んだのか、作者で選んだのか、はたまた表紙で選んだのか」
ラノベの表紙がスカートの短い女の子ばかりだったり、青年誌の表紙が水着の女性ばかりになってしまうのは男性目線を意識してだと聞いたことがある。
こういうより具体的な情報を、出版社は喉から手が出るほど欲しがるんじゃないだろうか。
「得られた情報を調査会社に売っているから、貴司くんのバイト代が出せるんじゃない。こんな小さな町の小さな書店で、こんなにもバイト代がもらえるなんて不思議に思わなかった?」
思ってました。
こんなにも、というところ以外は。
きっとこのフィルムはその調査会社が全国各地の本屋に配布していて、そこから得られるデータの解析結果を各出版社に売りつけているに違いない。
「電源は太陽光、通信はWiFiでお金もかからないし。それにね、調査会社に貢献している見返りとして、ちょっとだけデータを見ることができるのよ。例えば、ほら、よくBL本を買いに来るイケメン青年がいるでしょ?」
「えっ? あ、ああ。あの人ですか……」
確かにいる。
僕がレジに立っている時だけ、こっそり薄い本を買いに来る男性が。
レジが僕以外の時は決して買わないから、あの人のこと店長は知らないと思っていたんだけど……。
「素敵なのよね、あの人。特に、どのBL本を買おうかと選んでいる時の表情が」
だからなのか、店内の片隅にBLコーナーがあるのは。
今までずっと店長の趣味だと思っていた。
「オドオドしながら本棚に近づいて、キョロキョロと周りを見回してから本を取るの。その時の幸せそうな表情が本当に最高なの。こっちまで幸せを分けてもらえるくらい」
警察のみなさーん、ここに盗撮犯がいますよ~
ということは、僕がBL本を買ってる時も見られてるってことじゃないか。
ちょっとカチンと来た僕は、店長に言い放つ。
「そんな凄い機能があるんだったら、もっと早く教えて下さいよ。内緒にしてるなんてひどいですよ」
「そうよね。そうなんだけど……」
すると店長はにんまりしながら僕に打ち明けたのだ。
「貴司くんの表情も素敵だったからねぇ。ちょっと不満そうにフィルムを保管箱に投げ入れる時の顔が特に。私が男だったら後ろから抱きしめて優しく慰めてあげたくなっちゃうくらい。だからなかなか言えなくて……」
もう頭に来た!
今度あの男性にこっそり伝えてやる。
僕もBL好きだって。
おわり
ビニ本屋(KAC20231) つとむュー @tsutomyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます