たった七冊の告白
かみさん
たった七冊の告白
彼は最近毎日ここへ来る。
私が今いるのは、駅前の本屋さん。そのレジ打ちが今の私の仕事。
そして、今日も彼は私のもとにやってきた。
「これ……ください」
地味な服装に、厚めな眼鏡。
目元をうっすらと隠している癖のある前髪。その隙間から覗く瞳はとても優し気で、身なりをもう少しおしゃれにすればとてもモテそうなのに勿体ない。
そんな彼から手渡されたのは『できそこないの恋模様』という小説。
彼が毎日ここへ通うように、ましてや私がレジ打ちの時に来るようになって、今日で六日目。
今日も、これまでも彼が買うのは決まって恋愛小説だった。
「1560円になります。はい、2000円のお預かりですので、460円のお返しです」
「ありがとうございます」
昨日は『きれいな花をあつめて』だったなぁ……なんて考えながら彼にお釣りを渡せば、彼は少しだけ口元をほころばせる。
そして、ペコリと小さく会釈をして帰っていくのだ。
「優しい笑顔なのになぁ……」
ガチガチに緊張した足並みで店を去っていく彼の後姿を見送りながら、私はポツリと呟いてしまった。
……なんで表情は柔らかいのに、態度はガチガチなんだろう?
これも、私が彼にたいして勿体ないと思うポイントだった。
「もっと堂々とすればいいのに……あっ、すいません」
思わず口にしてしまった言葉に自分自身驚きながら、次にやってきたお客さんも訝し気な視線に気付いて慌てて笑顔を作る。
こうして、今の私の最近は形作られていた。
翌日。
いつもの通り、彼は私の元に一冊の本を手渡した。
「これください」
渡されたのは『すいーと』という子供向けの漫画だった。
え? 今日は漫画なの? と突然の変化に内心驚きながらも、私は顔に出さないように努めて本の裏に印刷されているバーコードを読み込んだ。
それでも、内容は恋愛漫画だったけれど。
「560円になります……はい、ちょうどお預かりします……レシートでございます」
「あ、ありがとうございます」
そうして本を渡せば、彼からはいつも通りの勿体ない笑み。
この後は、いつものように振り返っていつも通りガチガチの足踏みで帰っていくのだ——そう思っていた。
「あ、あの!」
「え?」
突然振り返る彼。
その表情は毎日見る優し気な瞳ではなく、どこか決心した真剣な瞳。
口元は引き結び、頬は少し赤みを帯びていた。
「こ、これが?」
「これが?」
オウム返しのように聞き返せば彼は少したじろぐ。それでも、真剣な瞳は真っ直ぐに私を見つめていて。
「こ、これが僕の気持ちです!」
「は?」
店中に響く彼の声。
その言葉に、何が——そう返す時にはすで彼は走り去り、自動ドアにぶつかりながらも店を飛び出していってしまっていた。
「え、えっと……」
意味が分からなくて、私は彼を名残惜しむかのように片手を持ち上げたまま固まってしまう。
それでも、お客さんは私の元にやって来るのだ。
「し、失礼しました!」
苛立たげなお客さんに声をかけられ、私は自分の仕事に戻る。
その日は、どうにも集中できなかった。
そして——
翌日、彼は私のもとに来なかった。
それどころか、お店にも顔を見せなかった……。
「どうしたんだろ……」
どうしても気持ちが落ち着かなくて。
私はお店に休みの連絡を入れ、家でゴロゴロとしながら彼の言葉の意味を考えていた。
——これが僕の気持ちです!
どういった意味だったんだろう?
考えても考えても答えは見つからない。
ヒントは、彼が買っていた本にあるのでは? そう思って買ってしまった本はすぐ脇のローテーブルの上に置いてある。
それでも、答えは見つからなかったけど。
『がらすのこころ』
『きれいな花をあつめて』
『貴族の恋心』
『好きの反対、嫌いの反対』
『できそこないの恋模様』
『すいーと』
『方向は君と同じに』
一週間分。
これが、彼が毎日買っていった本たちの名前。
「もしかして、買った順番とか?」
ふと思い立ち、私は体を起こした。
最後は『すいーと』
その前は『できそこないの恋模様』
さらにその前は『きれいな花をあつめて』
その後も『好きの反対、嫌いの反対』『がらすのこころ』『方向は君と同じに』『貴族の恋心』と、私は順番に彼の本を並べてみて。
「ふふふっ」
結果を言ってしまえば、私の発想は正解だった。
そこから見えた彼の本心に、いつの間にか私の口からは笑みがこぼれてしまう。
「そうだったんだぁ……」
だからあんなに緊張していたし、あんなことを言ったんだ……。
「熱いなぁ……」
顔の暑さを冷ますために、パタパタと手で顔を扇ぐ。
それで彼の熱が冷めるとは思わないけど、そうせずにはいられなかった。
「あっ、店長……すいません今日休んじゃって……はい大丈夫です……明日はいきますので……はい……はい……失礼します…………ふぅ……ふふふ!」
お店に電話をかけ、明日には復帰する旨を伝えれば、どこか明日を楽しみにしている自分を自覚してしまう。
今日は寝よう。明日に備えないと……。
まだご飯もまだだけど、明日は早く起きるから問題ない。
私は布団に潜り込み、そっと目を閉じる。
……彼は明日には来るかな?
……来たらどうしようか?
……顔を見たら?
……なんて答えようか?
「ふふふふ……」
布団の中で再び笑みがこぼれてしまう。
だって、そんなに考えても仕方ない。
だってそうでしょう?
——もう答えは決まってるんだから。
たった七冊の告白 かみさん @koh-6486
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