出会いは本屋さんで

あきこ

出会いは本屋さんで

 パパとママはBookShopで出会ったらしい。

 だからパパは、初めて会った場所について聞かれると必ず「本屋さんで」と答える。


「僕はその頃、色々とストレスがすごくてねー、少し現実逃避したい気持ちだったんですよね。それで自分が主役になったような、そんな気分になれる本を探しに本屋に行ったんです。そこで、彼女を見つけたんです」


 パパは作家で、大学教授だ。

 テレビとかにも出演したりして、よく取材なんかを受けている。


「初めて会った時の奥様はどんな感じだったんですか?」

「それはもう、可愛かったですよ。その本屋さんには、踊れるような広さの場所があってね、その場所で立っている彼女が、店に流れてる音楽に乗ってステップ踏んでるように見えたんですよ。それが可愛くて声を掛けたんです」


 パパがそう言うと大抵の人は「素敵な出会いですね」なんていう。

 

 もちろんママも出会いについて聞かれると「本屋さんで」と答える。

 

「ええ、その本屋さんは私の大好きな場所のひとつで、時間があればよく行ってました。私が好きなタイプの音楽が流れていて…その場に居ると、普段のストレスが消えて行くような感覚になる場所でした。え?ええ…ステップ。踏んでましたねぇ。音楽に合わせて。ふふ、恥ずかしいわ。そんな時、この人に急に声をかけられたんです。この人ってば、貴方はどんなお話の主人公になりたいですか?なんて聞いてきて…驚きましたけど、ロマンティックに思ってしまったのね」


 そんな風に話すママは女優さんだ。

 パパとママは、オシドリ夫婦と言われていて、セレブっぽく仲良く並んでる写真が世間でのふたりのイメージになっている。


 実際,ふたりはとても仲が良い。

 外から見ても内からみても理想的な家族と言えるだろう。

 パパとママのことを仮面夫婦なんて呼ぶ人達もいるが、この人達にウソはない。


 

   ◇◇◇◇◇◇◇◇


 私は最近、毎日のようにこの本屋さんに通っている。

 ここに、とても気になる男性が居るからだ。


 その人はこの店の店員さんで、小説が置かれている棚を整理しているのをよく見かける。

 わたしは、彼が整理している棚がある通路の端の方で本を探すふりをしながら、その人を眺める。

 彼の細い腕が伸び、綺麗な指先で本を引き出しては本を並び替える仕草が尊くて…、私にとっての至福の時間だった。


 私は、本屋さんで出会って結婚までしたというおじさま達夫婦の事を思い出して、いつか声をかけてくれないかと、心の中で祈っている。



   ◇◇◇◇◇◇◇◇


 最近、気になる女性がいる。

 職場の本屋さんによく来るお客さんだ。

 年齢は24,5だろうか…学生さんではなく社会人だと思う。


 彼女は必ず僕が整理する棚の列に居て、こっちをちらちら気にしているようだ。

 最初は気が付かなかったが、どうやら僕を気に入っているらしいと思うのは…

 自惚れすぎだろうか?

 

 彼女を見ていると、なんだか、僕の尊敬する作家さんの恋話を思い出す。

 本屋さんでの出会い…か、声をかけていいものか悩ましいな…

 何かきっかけがあればいいんだけど…


   ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ”なんだか、彼がこっちを気にしている気がする。気のせいかしら?”

 

 ”なんだろう、彼女が僕を今まで以上に気にしている気がする。気のせいか?”


 ”気のせいじゃないわ。彼は声をかけるタイミングを探っている気がする…”

 

 ”気のせいじゃない…声をかけたいが、でも、ただの自惚れかもしれない…”

 

 ”そうだわ…”

 ”そうだ…”

 

  ―― ステップを踏んでみよう… 


   ◇◇◇◇◇◇◇◇


 従妹のお姉ちゃんが、婚約者をつれて家に挨拶に来た。

 なかなか男前だ。

 ソファーに座るふたりは恥ずかしいのか照れた様子だけど、ふたりとも美男美女で、こういうのをお似合いのふたりと言うのだろう。


「実は、おふたりは、僕たちのキューピットなんですよ」

 婚約者の男性が、手に持っていたコーヒーカップをソーサーに戻しながら言った。

 パパとママがきょとんとした顔で二人を見る。


「おふたりの馴れ初めを、わたしたち、再現したの」

 嬉しそうにお姉ちゃんが言う。

 パパとママはさらにきょとんとした顔になる。

「本屋さんで、お互い、相手のことが気になるのに、声をかけられなかったのよ。で、ふたり同時におじ様たちの話を思い出してね、相手の反応を見る為に…」


「ステップを踏んだの、二人同時に!」


 ………

 パパとママは言葉なく、お互いの顔を見合わせ、そして笑い出した。

「あはは、そう、それで上手くいったのね』

「はははは、ぼくたちの経験がそんな風に役に立つなんて、素敵だね」


 お姉ちゃんとその婚約者は、ふたりにとても喜んでもらえているのだと思って嬉しそうだ。


 でも僕は知っている。パパとママが笑った理由を


 パパとママが知り合ったのは、”BookShop”という名前のクラブだ。

 店の中では俗世を忘れて、誰もが主人公になるというコンセプトで入口も本の中にはいるような作りになっているんだよ、と、パパの弟のおじさんが笑いながら教えてくれた。

 ママはそこで流れている曲に合わせて踊っていたところをパパにナンパされたというのがパパとママの馴れ初めだったらしい。


 うん、パパもママも嘘は何一つついていない。

 聞き手が勝手に自分の持っているパパとママのイメージで、想像しているだけだ。

 でも…、パパもママも、絶対にそのイメージの間違いを正さない。

 クラブより本屋さんの出会いの方が職業柄イメージがいいと思っているのだろう。


 ぼくからしたら、別にどっちでもいいんじゃないかと思うけど…

 でも、まあ、こんな喜ばしいこともあるのだから、パパとママの紛らわしい話し方も…たまには人の役に立って、悪くはないってことかな。


 僕は、楽しそうに笑っている大人たちをみてそう思った。


END





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