妖精のいる世界でぼくらは……

篠騎シオン

ああ、これだから人生は

目が覚めると、そこは極楽浄土でもなく、地獄でもなかった。


たくさんの本棚が立ち並ぶ空間。

そして、悲しいかなすぐわかる、自分の心と生の感覚。

ああ、やっぱり僕はまた。


「生きてしまった」


僕のつぶやきに、びくりと隣で誰かが体を震わす。

気になってそちらを見てみると、ひとりの少女。

見るからにボロボロで顔色も悪い、おさげ髪の少女。

ひどくおびえている様子だった。


「私、やっぱり死んだのかな」


つぶやく言葉は僕とは正反対。

そんな彼女の言葉を正してあげることにする。

僕と違って、彼女にとっては救いの言葉なのだろうその事実を。


「大丈夫だよ、これは現実で君は生きて……」


「みんなー、ようこそ!」


僕の言葉をかき消して、世界に響き渡る声。

凛として透明感があり、それでいて部屋中によく響くその声は。

僕らの視線を部屋の上部に浮かぶ”それ”に引き寄せた。

小さくてまばゆく光るからだ。そして、パタパタとせわしなく動く羽。


「よう、せい?」


そう。

少女が言ったようにそれは僕らの知る妖精とみて差し支えない外見だった。

だけど、簡単に信じちゃいけない。

本当に妖精かどうか、ましてや敵か味方かなんて、わからないんだから。


「来てくれてありがとう! これからみんなには、この”本屋”の中で一冊の本を選んでもらって、妖精とともに旅に出てもらいます」


妖精は周囲をぐるりと見渡しながら言う。

その言葉に、部屋の中では歓声が上がる。

どうやらあのおさげの少女以外にも様々な子どもが部屋の中にいたようだった。

人種も性別も様々の、おそらく、地球の子どもたち。


心なしか、顔色が悪い子が多いのは、気のせいではないだろう。

何の病気か考えたくなってしまう気持ちを、僕は抑える。


「みんなで自由な世界に飛び出すのです! さて、質問がある子はいるかなぁー?」


僕の隣にいた彼女が遠慮がちに手を挙げる。


ちょっとびっくりした。気が弱そうで発言なんかできないと思っていたのに。


「じゃあ、そこの女の子!」


「わたし、病気でもう長くないんですけど、そんなわたしでも自由な世界に行けますか?」


妖精は彼女の言葉ににっこりと笑う。


「大丈夫。妖精と旅する子たちはみんな元気いっぱい。前の世界の辛いことは、みんな前の世界に置いて来られるわ。おなかがすいて辛いのも、病気がいたいのも、いじめっ子も、外側のことはみーんなね」


妖精は、僕の隣の少女に向けて話していたが、最後の言葉は僕に向けられていた気がした。


「はい、ほかに質問あるー?」


手は上がらない。

誰も彼もが新しい世界、新しい自分にうずうずしているようだった。

それはそうだろう。

だってきっとみんな、前の世界で辛い目にあったんだろうから。

一度しかない、人生で、そんなの辛すぎる。


「ないならー……はい、それではみんな、好きな本を探してダッシュだー!! みんなは光の妖精、鳥の妖精、剣の妖精、どんな妖精を選ぶのかなー?」


妖精の掛け声とともに、はしゃいだ子どもたちが駆け出す。

僕は、みんなが自分だけの本を探して駆け回る中をそっと後ずさる。

目立たないところへ、本屋の端へ端へ。

願わくば、妖精が僕なんか忘れてくれるように。


だいぶ端っこまで来たところで、ポケットの中に手を突っ込み棒状のものを引き当てる。

そして左ポケットの中を探したところで、ふと気づく。

そうか、子どもなのだった。


「なーにしてるの? 10歳の子どもが、タバコでも吸うつもり?」


目の前に突然現れたのは、あの妖精。


「別に。お菓子、食べてるだけ」


僕はそれだと思って右手に持っていた棒状の砂糖菓子を口にくわえる。


「ふーん、そう」


妖精はこともなげにそうつぶやいた。


意外にも訪れた沈黙。


もっと、『テンション上がらないの?』とか

『あなたもきっとワクワクの冒険が出来るわ。さあ、早く本を選んで?』とか。

そういう言葉が来ると思っていたから予想外。

でも、妖精との沈黙は意外と苦じゃなかった。二人で部屋の中の様子を見つめる。


子どもたちはというと、一人、もう一人と、本を選んで旅立っていった。

光に包まれて宙に上っていく姿は、少しだけ、僕にも感動を与えてくれる。


「ねえ」


最後の一人が本を選び終わり、宙に上ったタイミングだった。

静かになった”本屋”に妖精の小さくて少し低い声が響き、僕の心をぞわりとさせる。


「子どもたちは自分で探して選んでいるつもりだけど、本当は妖精側が子どもたちを選んでるって気付いてた? 子どもたちは自分のこと気に入った妖精の封印された本にしか興味が湧かないようになっているの」


なんとなく、気付いてはいた。

剣の達人になるんだ、とはしゃいでいた子どもが、剣と書かれた本の前で突然興味を失って、隣の本を手に取る。

虫も殺せなさそうな無垢な少女が、なにかを傷つけるためにあるような、そんな本の妖精を手に取るのも見た。


でも、まあ、そんなものだろう。

人生なんて。


だからちょっとでも楽しく思うために。


「……子どもたちもそんな妖精を選んだ。相思相愛ってことにしとこうよ」


「それいいわね、相思相愛」


僕の言葉に、妖精はコロコロと声をあげて笑った。

いやなことばかり起こるからって、思考までいやな人間になっていたら世話ない。


妖精はひとしきり笑った後、急に真剣な雰囲気をその身にたたえる。

そして、次の言葉。


「じゃああなたは、私を愛してくれる?」


言いながら、妖精は一冊の本を僕に差し出す。


こうなることはなんとなくわかってた、それから。


「拒否権、ないんでしょ?」


「まあね」


嫌ではなかった。

僕はこの妖精が、少しだけ好きになったようだ。


小さくうなずいて受け取り、本のタイトルを見る。

そこに書いているのは予想外で、それでいてある意味予想通りのタイトル。


     『不死』の本。


「記憶を保ったまま何度も転生を続ける僕には、お似合いの妖精かもね」


そう僕は幾度も生を体験していた。

今の姿は少年だが、その前は医者、その前は聖女、その前は……。

覚えているだけならいい、幸せな記憶があるのなら。

いじめにあい、友人は吹き飛ばされ、父親に汚され、妻を殺され、母は自分のために自らの命を投げ出し、体も動かせなずなんの自由もきかないまま、それでも意識だけははっきりとある中で生き永らえさせられる、そんな数々の苦痛と苦しみ。

僕がどんなに努力をしても、それは一向に変わらず、苦しみも一生終わらない。


終わったと思ったらまた始まる、始まったと思ったらまた終わる。希望と絶望と、最後に残ったのは平穏を願う思い。


「そうお似合いよ。妖精の中でただ一人不死の私とあなたならね」


はっとする。

意味を想像して、身震いする。

ずっと、一人で見送り続けてきた……? 

誰もがいなくなる、こんなに寂しいばかりのこの”本屋”で。


彼女には終わりすら訪れない。


僕はふっ、と小さく息を吐いて、そして心を決めて言葉を紡ぐ。


「ねえ、僕らの旅の目標ってさ……」


顔を上げて妖精の方を向く。


目が合う。

心が少し、繋がった気がした。


「「自由な終わり」」


同時に同じ言葉を口に出す。

そして、二人で笑う。


笑う妖精の体は最初に見たまばゆい光はなくて、いつのまにか僕の心とおんなじ、くすんだ光だった。

でも、くすんでいても光は光だ。


ああ、これだから人生は。

辛いことばかりだけど、たまに希望が降ってきて、たまに笑えて。


なんだかんだ言って、嫌いになりきれない。



こうして、不死の妖精の彼女と僕の旅は、始まったのだった。

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