【KAC20231】本屋さんデート

尾岡れき@猫部

本屋さんデート

【後輩彼氏君の場合】



 ――そろそろ放課後デートをしたいな。


 LINKのメッセージが飛んできて、戸惑ってしまった。

 付き合って、2週間。


 岬先輩の方から告白をされた。

 部活帰り、一緒に帰ることはあっても、デートという言葉に、脳内がフリーズしてしまう。


「ど、ど、ど、ど、どうしよう、上川?!」

「なにが?」


 ぽかんとするクラスメート。そりゃ、そうだ。主語がないから、何を言っているのか、繋がるワケがない。

 一部始終を聞いて、ようやく合点がいったとばかりに、ポンと手を打つ。


「町田の良い場所でいいんじゃない?」

「だから、それで困ってるんじゃんか」


 こいつなら少なくとも、巧みにリードすると思って相談したのだ。もう少し、親身に相談に乗ってほしい。


「や、や、やっぱり、今からレストランを予約して――」

「放課後デートで、フルコースを予約されたら、ドン引きだよ」


「じゃ、じゃ、え、映画館? 遊園地?」

「それこそ、町田が行く、いつもの場所でいいんじゃない?」


「いや、でも、いつものって。最近行くの、本屋さんだし」

「それなら、それで良いと思うよ」


 ニッコリ笑って、そう言う。

 そんなクラスメートの言葉を信じることにしたのだった。





「それじゃ、適当に見て。30分後くらいに、合流で良いですか?」

「うん」


 コクンと頷く先輩を尻目に、俺達は本屋で別行動をすることにし――て、気付く。デートで別行動って何だよ?!


 いや、でもさ。言い訳させて。


 本屋で、自分の読みたい本を物色したいじゃんか。隣にいたら、絶対に迷惑だって思うの。そう思っての、別行動だったんだけどさ。


 そもそも、デートで別行動って、どうなの?

 悶々としながら、本を物色する。


 普段は見ない、コーナーに迷い込んで。


 異性の心理が分かる本。

 これで完璧、デートスポット。

 あなたの言葉で、デートが変わる。


 目につくのが、そんな本ばかりで。

 無意識に、一冊、手に取ってみる。



 ――デートスポットのセレクトで、自分の趣味を押し通していませんか。あなたの趣味ではなく、相手を優先しましょう。


 これ、最初から詰んだんじゃない?


 ――自分のペースになりすぎてませんか。相手の歩幅に合わせて、歩み進めていきましょう。


 そもそも、隣を一緒に歩いてないじゃん?!


(こういう時、どうしたら良いの?!)

 頼りのクラスメートにLINKを送る。


 ――ごめん。今、雪姫と一緒に勉強中なんだ。一区切りしたら、連絡するよ。今は彼女との時間を大切にしたいんだ。


 これ、暗に、一緒の時間を大切にしろって言ってるよね?

 言ってるよね?


 見慣れた街の本屋さん。

 行きつけのお店。


 どこに、何の本があるのか、手に取るように分かるのに。

 まるで、迷宮に取り残されたかのようで。岬先輩がドコにいるのか、皆目見当がつかなかった。





■■■




【先輩彼女の場合】



「可愛いなぁ、もう」


 二階。専門書コーナーから、彼に隠れるように身を置いて、そして呟く。

 彼にとっては、初恋の相手。


 それが分かっているから、ついイジワルしたくなったしまったのだ。


 野球部のレギュラー。

 頭脳派のキャッチャー。でも、野球から離れると、どこか感情の起伏が激しくて、可愛いらしい。


 かと思えば、読書家で。誰よりも勉強家。

 粗雑な態度からは、想像ができない。

 練習だって、誰よりも遅く残って、取り組んでいる。

 そんな頑張り屋さんだってことを知っている。


(あのね、町田君?)


 デートでリードするのは、男の子だけじゃないんだよ。

 むしろ、 相手に、もっとドキドキさせたいって、思うのだ。


 少なからず、経験ならある。

 モテるという自覚だってある。


 でも、こんなに目で追いかけてドキドキした人は、初めてだ。

 だから――。


「ねぇ、町田君?」


 ずるいなぁ。

 いつも一生懸命で。


 頑張り屋さんで。

 素直で。


 頑固で。

 でも、ちょっとへそ曲がりで。


 女の子の気持ちに理解が足りないことも、しばしばだけれど。




 本棚の間を歩く。

 見失った私を一生懸命に探す、そんな姿を見ながら。


 オシャレなカフェでデートじゃなくて良い。

 ありのままの君が見たい。


 あれは、クラスメートの子?

 町田君は、お話をしながら、それでも視線は探している。


 よろしい。


 他の子に目移りしてたら、町田君だけ練習メニューを増やすところだったね。マネージャー特権で、ね。




 彼の名前を呼ぶ。

 振り返って。

 笑顔が溢れる、そんな表情を見たら。


(可愛いなぁ、もぅ)


 彼のそんな表情を、もっと見たいと思ってしまう。

 クラスメートと思われる子が、少しだけ残念そうな表情をするのが見えた。


 ごめんね、と。そう心の中で呟く。


 自分はなんて、淡白で。

 恋が多い女だと、思っていたのに。

 どことなく、恋愛小説を読みあさるような感覚で、斜め上から恋愛を見ていた。


 でも、出会ったこの本は世界で一冊だけで。

 だから。


 本棚から、抜き出したのは私。

 その本に栞を挟んだのも、私。

 このページをめくるのも私。


 そう呟く。


 本棚にポッカリと空いた空間を見やる。

 誰かにお買いあげをされて、まだ補充されていない。


 あの時、欲しいと思った本が、もう手に入らないことだって、しばしばあることで。


 もう、遅いんだ。

 だって、ね。

 私がずっと、好きだったんだから。


(だから、ね)


 絶対に、他の子には読ませてあげないの。



「ね、町田君?」

 

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