誰何-了

 本屋目黒書店に戻った俺はまっ先に茉莉花まりかの眠る部屋へと向かった。

誰何シーカー>は奪われた。茉莉花の魂は、精神はどうなった——!

 薄暗がりに沈んだ中央のベッドに、茉莉花は半身を起こして大きく伸びをしていた。


「おはよう、お兄ちゃん」


「お、おはよう、茉莉花」


 一晩寝て起きた、みたいな風情ふぜいの茉莉花に俺はなんというべきか言葉が見つからなかった。


 ふにゃり、と相好そうごうを崩す茉莉花は、寝た状態で必要最低限の栄養で生きてきたからか、痩せ細ったような印象こそあれど、成長したようには見えなかった。


「お兄ちゃん」


「なんだ?」


 俺は薄暗がりの中、かろうじて表情が窺える入り口付近から先へと進めずにいる。


「あたし、お兄ちゃんの支援サポートしてたの、全部記憶してるよ」


「そうか、ありがとな」


 ベッドの脇へと歩み寄る。近づいたところで表情が明瞭はっきりとわかるかというと、あまりに明度が足りない。


 ポッケから首輪を取り出して茉莉花の首にかけてやった。


「ありがとう、お兄ちゃん。似合う?」


 俺は耐えきれず、茉莉花を抱きしめていた。生きている。生きて、動いて、喋っている。そして、俺に礼を言っている。


 似合う? そう訊かれたら、例え相手が誰だろうと、男はこう答えるべき、という例を俺はいくつもの物の本で読んできた。


「……わからん。ここは暗すぎる」


 茉莉花の含み笑い。

「お兄ちゃんらしいわ」


     *


 茉莉花の容体ようだいを見るためにやってきた医療斑を待って俺は部屋を出た。壁に背を預けた恰好で犬が腕を組んで待っていた。


「おう」


「おう」


「あんたとの<結束バンド>もこれで終わりかな。目黒書店のえある第一隊の責務は、俺には役者不足だ」


「……意外と晴れ晴れとした顔してるな。妹さんは無事だったんだな」


「お陰様でね」


 俺が言い切るより早く、犬は俺を抱きしめた。おんおんと泣いた。ふくよかな胸に顔を埋めながら、ほんとなんでこの人は……と思った。



 目黒書店。

 それは俺が守るべき、ただの本屋。

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武装目黒書店 スロ男(SSSS.SLOTMAN) @SSSS_Slotman

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