誰何Ⅵ-Ⅲ

 茉莉花まりかは眠っている。眠り続けている。目黒書店の奥、特別にしつらえられた部屋の中で。貴重な電力を使い、無停電装置U P Sまで用意されて。まだ意識があるはずと思えるのは、<誰何シーカー>が作動する、その一点のみ。

 だったのだが——


「おまえは誰だ」

 俺は声に出して言った。これが幻聴でなければ訊くまでもなく対象は<誰何>だし、ならば問うまでもなく茉莉花まりかであるべきなのだ。そうでなければならないのに。


「どうしたきじ! <接続ログオン>がうまくいかなかったのか!」


 犬の狼狽するうろたえる声なんて初めて聞いた。だが俺は『問題ない』の動作ジェスチャーをして、また歩き始めた。輸送車に置いていかれる。


「済まないが、犬。俺は役立ちそうにない。しばらく独りで頼む」


 返事を待たずとも大丈夫だろう。見ずともわかる、犬とはそういうおんなだ。


 視界に入る位置にあるはずもなく、あったとしても隠蔽ステルスされている<誰何シーカー>を目で捉えられるはずもないのだが、俺は目だけで空を、<誰何>を追っていた。


 一旦抜かれた時の表情はわからないが、再び追い抜く時にチラリと山下さんが見えた。苦笑している。定位置に戻った時、犬はいつもと変わらぬ自然体で前方を警戒していた。


「オニイチャン……」


 また声が聞こえた。幻聴ではない。おそらく<誰何>の隠された機能イースターエッグか何かだろう。

 方向を指示ディレクションするための痛感装置を駆動ドリヴンさせ、振動が声となって俺の頭蓋に骨伝導で響いているのだ。


 また笑声。

 そうして、


『まさかてい心器しんき、残る二対についのところにあったとはな』


 響いてきたのは茉莉花とは似ても似つかぬ、老獪ろうかいな気配を漂わせた声だった。


 おまえは誰だ。


 何度も繰り返した文言だが、繰り返さずにはいられない。


持続可能主義コオロギ喰いたばかられて奪われた心器、返してもらうぞ』


 ピンときた。第三の勢力はこいつだ。いや、こいつに代表される何かだ。


「雉——!」


 犬の悲痛な叫び。鍛えられた戦勘いくさかんで感じ取ったに違いない。


誰何シーカー>は、奪われた。

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