えぴろーぐ. 既知と未知 ~この世は、謎だらけ?~


 果てのみえないその草原くさはらには、さまざまなものを見ることができた。


 遠いところを、のっしのっしと歩いてゆくのは、筋肉質な巨人。


 すぐそばをのろのろ移動しているのは、なにもない空中で半ば空回りする一輪車を懸命にこいでいる、さかさの天使。


 ここにあるものはすべて。大地に生えている雑草だろうと、他人の夢のかたちなのだ。


 夕姫ゆきがそこにきてから、けっこうな時間が経過している。


 今日は会えないのかなと思っていたとき、お目当ての人物が、ひらけた草地に寝転がっているのをみつけた。


 独立して存在する確定的な意識。


 さながら、ここに住んでいる人間のごとき彼のありようは独特だ。


 夕姫ゆきは、ほかに類似するものを知らない。


 あえて似ているものを言うなら彼女自身だったが、その男は、自分はBAKUではないと主張する。


 現に悪夢には弱いようで、のまれがちだった。


 出会ってから四年あまりになるが、夕姫ゆきは、その男が悪夢にたち向かってゆく姿を見たことがない。


 あいさつすることも断りを入れることも省略して彼のとなりに腰をおろした夕姫ゆきの表情は、ほの暗く、しずんでいた。


「BAKUに悪夢、消されたヒトって、さ…。その印象とか、おぼえているものなの?」


「さぁ? 場合によりけりだろ」


「そうなの? じゃぁ、やっぱり。もしかしたら、それなのかなぁ。

 あたしは、どれが誰の夢かなんて見わけ、つかないけど…。…」


 話している二人の視界の真ん前を、ならんで闊歩してゆくのは、こぶの上に弧を描く虹を連れたパステルカラーのラクダだ。


 青い空には、五つ六つ、束ねられた風船がうかんでいて、ふらりふらりと流れてゆく。


 印象として、かなりグロテスクなものもあったが、夕姫ゆきが、いま消さなきゃと感じるような夢は、そのへんにはない。


「友達がさぐってくれているんだけど。ちゃんとした理由はないみたいでさ。…ただね…、目が合うと、コワイんだって」


 夕姫ゆきは、寝転がっている隣人の反応を、ふせ目がちにさぐり見た。


「コウ。あたしって怖いかな? 威し系?」


 対するコウは、うっすら笑って、遠い真上の空にまなざしを投げる。


対象相手にも寄るだろうけど、大抵は気づくことなく、忘れてしまうものだろ。

 やり方が強引すぎたんじゃないか?」


 高空を映している彼の双眸は、いつもより明るく見えた。

 ベネチアガラスのように透きとおったきれいな紫青色だ。


「怖がられるのが嫌だったら、悪夢にも思いやりをもって、接することだな」


「思いやり…かぁ」


 夕姫ゆきは、けだるげに肩で息をした。


「冷静な、つもりだけどなぁ」


「冷血と思われないていどにな」


「あたしが冷淡だって、いいたいの?」


「好きなように解釈してくれ」


「なによ、それ」


 ぶうたれた夕姫ゆきが、寝ているコウの肩と腕をとらえて、押しやろうとする。


「…夕姫ゆき。俺の平穏を乱すな」


「いつも暇なくせに…! 親身になって欲しいわけじゃないけど、もう少しなんとかならない? たまには、真面目になりなさいよ」


「それは、おまえの主観だろ。おまえに、そう見えるだけだ」


「うんっ! でも、どうしてか、しょっちゅう、そう見えるのよね?

 ってことは、少しはそうなのよ! きっと、ここでは、そうなんだから!

 少なくともいまは、のんびぃり、ゆったぁり、寛いでるじゃない!

 はぐらかそうったって、そうはいかないんだから」


 彼の腕と肩の下にさし込んだ手に、ぐいぐいと力をいれる。


「やめろ」


「嫌。転がす! あたしが冷酷なら、あんたはろくでなし! だから転がしてやる」


「転がして、なにか変わるのか?」


「気が晴れる…たぶんだけど。晴れなかったら、別の手段、考える」


「俺に、そこまでしてやる義理はない」


、こっちじゃ(たぶん)力持ち! なのに、なんで転がらないのっ」


「知らないな」


 執拗に腕や服をひっぱって、その身体を掬い転がそうとする夕姫ゆきだが、コウも譲らない。


「あんた、重すぎっ!」


 この日、

 じゃれあいとも意地の張り合いともつかないその攻防は、一方がさじを投げるまで継続されたのだ。

 ふたりがふたり、そのように存在する逕路経緯けいろいきさつえにし行方ゆくえも知らぬままに――…                   


                 🔮 了 🔮

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BAKUとKANADE ぼんびゅくすもりー @Bom_mori

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