二章 平成オタクの情事
第伍話 鵺のなく夜に
5-1 遠ざかる記憶の君にあいたくて溢れてしまいそうで
「いらっしゃいませー、お好きな席にどうぞ」
秋田谷が復帰してから一週間。BAR「ハリカルナッソスのディオニシオス」は今日も程々に忙しく、しかし僕らが手伝う程ではない暇さを維持しながら営業していた。カウンターにはマスターが、ホール接客は秋田谷が今日も担当している。一方の僕らの方といえば、ある一般人がSNSに上げている動画についてで話題が持ちきりだった。
「久遠氏、これはどうおもいまする?」
「本人が超能力だっていうんだから、そうなんじゃないの?」
「いやでも、でもよ? コメントにもあるけどCGや動画の加工なんじゃないかって指摘もあるを」
「なら、そうなんじゃないか。誰だって動画の中では超能力者になれちゃう。……いい時代じゃないか」
「久遠氏興味ないん?」
「僕は元々他人に興味なんかないよ。あるとしたら超能力とか人間以外の部分だけ」
「そっかー。面白いと思ったんだけど」
「いや、動画そのものの面白さはともかくとして、彼の超能力っていうのは興味あるよ。ワイヤーなしの人体空中浮遊、指の先から電撃を放出、壁に囲まれた部屋からの瞬間移動脱出。どれも科学的ではないし、現実では考えられない、普通の人間には不可能な現象ばかりだ。視聴者の指摘である動画編集によるおもしろビデオならどれもそこまでだけど、本人たちは自分が超能力者だって名乗っているんだろ? そのこと自体はとても興味あるし、彼に懸かっている妖懸しの正体を暴いてみたいっていうのは、それは少し思うけどね」
「……でも、本人は特に困っていないっぽいを」
「そうなんだよな。超能力に目覚めた人間はその日から普通の人間ではなくなり、普通の生活が送れなくなることが多い。だから超能力を消して元の普通の人間に戻りたいと僕らに依頼してくることが多かった。でも、動画を出している彼は超能力者であることに何も不便を感じていないように思える。ましてや普通より得しているかのようだ。超能力者であることを公に公表し、それを一つの芸として披露している。何も困っていない。それなら僕らには関係のないこと。楽しく生きているならそれでいいんじゃないか? 別に犯罪を犯しているわけでもないし」
「まあ、それもそうだけどを」
庵原はそう言いながら次の動画を再生した。そこには「手で触れずに電撃だけでアルミ缶を移動させる」と動画の説明が書かれていた。動画は超能力者だと名乗る本人から電撃が放たれるところから始まり、電撃が現実に見えると周りの動画を共に制作している者たちから歓声があがる。そして動画の説明通り、缶に電撃を当てて操り、空中を移動させて別の場所へ缶を置くことに成功していた。すべてが終わると、全員が一箇所に集まってその健闘を讃え、超能力者を自称する子が揉みくちゃにされていた。
「いらっしゃいませー」
「お、見知った顔だ」
「鈴ちゃん氏!!! こんばんはだを!」
花畔鈴。オオカミ事件の一件以来、度々遊びに顔を出しにきてくれている。
「こんばんは、庵原さん、久遠さん」
「こんばんは」
「……ご注文お決まりでしたらどぞー」
「ウーロン茶で、お願いします。あと、ナポリタンを」
「はいなー」
「……何話されていたんですか?」
「ああ、この動画投稿者なんだけどを」
「……あっ、この人私の知り合いですよ。このカメラマンの子は私の友達です」
なんと。世間は狭いもんだな、ホント。
※ ※ ※
翌日。急な話ではあったが、しかし偶然にもその日は都合がよいということで、学校の終わった放課後に花畔鈴、その友人の動画カメラマン滝沢さん、超能力者のインゼクター氏の三人に庵原と自分の五名で喫茶「ハリカルナッソスのディオニシオス」にて顔を合わせる機会を作ってもらった。
「こちら庵原さんと久遠さん」
「どうもだを」
「よろしく」
「こちらが友人の滝沢ちゃんと、ええとインゼクターくん? でいいのかな」
「構わない。いつもみんなそう呼ぶのだから」
「だって。よろしくね」
「滝沢です。よろしくお願いします」
「それで? オタクらは何を見せてほしいの。電撃? 瞬間移動?」
随分と冷めた態度だな、と思った。超能力を見せてほしいという人が多いのだろうか、手慣れているような口振りだ。
「ええと、まずは少し質問してもいいかな。具体的には何ができるの? 電撃と瞬間移動?」
「宙に浮くこともできる。電気は自在に操ることができるぜ? こんなふうに」
バチバチと音がして、彼の指先が少し光った。なるほど、エレクトロニクス。体から電気を放てるとしたら、少し絞れるかな。あとは空間移動系。瞬間移動と空中浮遊は並の妖かしでも行えるが、両方となると数は多くない。強い神通力だ。
「いつからできるようになったんだい? 何かきっかけとか、そういうのはある?」
「きっかけみたいなのはないかな。まあ、でも何かあるとしたら雷か」
「カミナリ?」
「ああ、雷。雷だよ、雷。雷が強い日があったろ? それが鳴った翌日くらいからかなぁ? 色々できるようになったのはよお」
カミナリ。漢字で書けば神が鳴る、神に成るなどの神ナリと表現することができるカミナリ。雷様、つまり雷神様を意味することも多く、その意味合いは言葉の読み同様非常に重要である。更にそれが落雷となればそれに伴って生じると言われる妖怪がーー。
「ええと、インゼクター? くん。世の中に起こる不可思議な現象、奇怪な現象は総じて妖怪、妖懸しの仕業だと言われてきたんだ。それは超能力も同じ。人間の理解を超えた現象をあたかも人の手で成し遂げているかのように見える超能力も、その大半は妖懸しの仕業。憑依というか、僕は“懸かっている”っていう言い方をしているんだけど、君の場合も多分そうだと思う。今は自分のコントロール下に超能力を置いて操れるかもしれないけど、そのうちに妖懸しが君の身体を使って能力を乱用し始めるかもしれない。どうだろう、少し調べてみないかい」
「調べるって……どんな?」
「雷、しかも落雷の妖懸しといえば、おそらく…………」
僕はそう言葉にすると、カバンから方位磁針とチョークを取り出して、床に円を書き始めた。南西、北西、南東、北東の4箇所に印をつけて円の内側に星を描く。南西は頭で申(猿)。北西が胴の乾(犬)で、北東の寅(虎)が手足。尾が南東の巳(蛇)をそれぞれ方位と方位に合う動物を当てはめる。各動物の各部位を持ったキメラのような妖怪。それこそが雷獣である。
「この円に立って見て」
「なんで? 俺なんかされちゃうわけ?」
「大丈夫。お願いします」
「……わかったよ」
自称超能力者であるインゼクター氏を、方角と動物の漢字を書いた円の内側に立ってもらい、目を閉じて静かにしてもらう。
すると、途端に辺りの視界が光り、明滅し、円の中心にいた彼の代わりに現れたのが、サルの頭にたぬきの胴体、トラの手足を持ち、尾が蛇の姿をしたキメラ様相の妖怪。まあ、僕の言うところでは、令和の超能力の正体『妖懸し』なんだけど。
「え、なに? これ」
彼の知り合いであるカメラマンの滝沢さんは声を上げる。花畔鈴もややあって、似たような悲鳴に近い声を小さくあげた。しかし彼女の場合は大神様の一件もあってか見慣れたような反応であったが。まあ、どちらにしても、どうやらこの姿は僕だけではなくここにいる全員に姿が見えているようだった。
「鵺だ。平安時代頃に現れたとされ、平家物語に出てきた得体のしれないものの正体だとされる妖懸しだよ。一説にはその名を雷獣だとも言われ、落雷と共に天からやってくるらしい」
「か、かみなり……」
ああ。鈴氏の言葉に応えながら、僕は手近にあった妖刀を手に掛けた。
「ど、どうするの、これ……?」
と、滝沢氏。もちろん退治するさ。このまま放っておく訳にはいかない。もしも放置して、その強大な妖力を放ち始めるのか、その危険はわからないからな。
と、思っていたその時だった。
なんと、今まで目の前に居た鵺が、キメラな妖怪が、みるみるうちに元の男の子、インゼクター氏に戻ってしまったのである。
「あ、戻った」
と、カメラマンの滝沢氏。
「……戻ったね」
と、鈴氏はおそるおそる様子を見やるようにしている。
「俺はいったい……」
彼はそう言って、説明を求めてくる。僕は妖懸しの一種である
令和における平成オタクの超能力殺し 小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】 @takanashi_saima
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