本を破るところからはじめたい
川門巽
第1話
ひふに墨を彫るみたいに、本の文字を私に染み込ませたい。
本屋の本棚から、大好きな作家さんの本を手に取って、ハードカバーの表紙と裏表紙を一緒につまんで手首に当てた。垂直に立った紙には、あたたかみなんてなく、カミソリの刃みたいに冷たい。横にシュッとひいて、血が出るまで引っ搔こうと思ったら、字が、紙から滑り落ちるみたいに落ちていく。字たちはポツポツと、私の肌をクッションにして、床にスタっと着地した。そうじゃない字もたくさんあった。
字たちは「わーっ!」と声をあげながら、本と本の隙間に、ささーっと逃げ込んだ。私はどの字を私に染み込ませるかを考えながら、本を一冊ずつひっぱって、逃げた字を集めていった。虫をつぶしころすみたいに、字の上から手をたたきつける。滲んで潰れたり、反転したり、バラバラになったりしちゃって、うまく集められない。何回もそうしていると、手のひらは真っ黒になっていて、どれがどの字だかわからなくなっていた。
おばあちゃん店長に手伝ってもらおうと思って、ぼけーっと寝ているところを揺さぶり起こした。「はぇ?」とふぬけた声をあげるかわいいおばあちゃんに、「すみません、字を集めたいのですが」と言ったら、おばあちゃん店長は「掃除機かしたるよ」と、カウンターの裏側からハンディタイプの掃除機を貸してくれた。
スイッチオン。
ゴゴー。ゴゴー。
文字たちは空気中で連結して、悲鳴を創りながら、掃除機に吸い込まれていく。「まだ読んでもらっていないのに!」「死ぬのならば燃やされてみたかったです」「わかる、焚書とか憧れるよね」「みんな愛してるよ」「三和土」「私は春のにおいをかぎたかった」「何のためにこんなことを」「お前は文字を殺したいほど、生まれたかったのか!」
だいたい十万文字ぐらいを吸って、スイッチオフ。
ぐちゃぐちゃになった文字は、もうなにがなんだかわからない。
本を破るところからはじめたい 川門巽 @akihiro312
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