KAC「賀来家の日常」1.祖父の三郎

凛々サイ

1.祖父の三郎

「おじーちゃん! 魔法の本下さい!」


 小学生になったばかりの常連の男の子が目を輝かせながら尋ねてきた。まだ幼かった孫に同じようなことを言われたのをふと思い出した。


『悪魔の召喚本くれ!』


 もちろんこの本屋にはなく、日本にあるのかさえ怪しかった。だから私はこれまでのありったけの知識を集約し、手作りして後日渡した。コピー用紙とホッチキスで作られたそれは酷い出来栄えだったのだろう。


『こんなの嘘の本だ!』





 この店にはまじないの本さえなかった。それを伝えると泣き始めてしまった。謝ると子供はますます大声で泣き崩れた。その時背後から荒い聞き慣れた声が届いた。


「泣くな」


 高校帰りの孫の辰だった。眉間にシワを寄せ上から睨むように子供を凝視した。子は驚いたのかひゅっと泣き止み慌てて外へ出て行ってしまった。


 まるであの頃の孫のように。


「たっちゃん、あれじゃもうここへ来ないかもしれないよ」

「いいじゃん別に。もうここ壊されてコンビニになるんだし。あー楽しみ!」


 本屋が時代遅れなのは分かっている。ましてやこんな田舎の小さな本屋だ。品揃えは悪いし客は減る一方だった。だがこの小さな町の中でも最も立地が良く、コンビニへ形態を切り替えることに決めた。孫達は大層喜んだ。私でさえもそれが正しい判断だと思えた。


「本当にそんな本があれば繁盛したんだろうな……」

「ねぇだろ、そんなの」


 吐き捨てる様に言うと、辰は店を出て行った。





「本当は渡しちゃいけない本だって! だけど僕には特別だって!」


 営業最終日。久しぶりに顔を見せたその子は興奮が冷めやらぬ様子で自慢げにそれを見せてきた。コピー紙に怪しい魔法陣が描かれ綺麗とは言えない字で呪文らしいものが書かれている。それには見覚えがあった。


「この本屋がなくなったって俺の記憶はあるんだよ」

 

 照れくさそうな声が背後から聞こえると、子供は満面の笑みで店を出て行った。

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