夢物語屋

柊 撫子

 何気ない日常を終え、目覚めと共に忘れる夢を見て、いつも通り朝を迎える。

今夜もまたそうなるだろうと思っていた。

 しかし、今夜の夢は違った。

やけにはっきりとした意識のせいで本当にこの場所にいるように錯覚してしまうが、これは確かに夢だ。

 私は古めかしい木造の店の前に立っていて、周囲一帯は深い霧に包まれている。

店の入り口に掲げられた立派な看板を声に出して読み上げた。

「……夢物語屋?」

普段なら馴染みのない名に警戒するものの、興味がそそられるのは夢だからだろうか。

 カラカラと音を立てて引き戸を開けると、目の前に広がる光景に圧倒された。

所狭しと並んだ本棚には、色や厚みが異なる本がぎっしり詰まっている。

「やぁ、いらっしゃい」

不意に声を掛けられ心臓が跳ねた。

 声が聞こえた店奥のカウンターを見ると、和装の男とも女とも分からない人物が立っていた。

面布で顔のほとんどは見えないが、辛うじて見える口元は笑っている。

「ど、どうも」

その人物は物怖じする私に構わず語り出した。

「ここは夢物語屋。誰かが見た夢を読める本屋さ」

それからしばらく説明が続いた。

 ここでは誰かの夢を本として読め、自分の夢を代金としてその本を持ち帰ることができるらしい。

本の表紙の色は感情を、色の濃淡と明暗で内容を表しているのだそう。

 説明を聞き、改めて本棚を見返す。

色も厚みも様々な本の中で、一冊だけ目を惹かれた。

本棚から薄い若草色の本を手に取る。

まだ読んでいないのに何故か懐かしい気がした。

「それにするかい?」

「……はい」

私の返事に店主は静かに頷く。

「毎度あり、ご縁があればまたどうぞ」

薄れていく意識の中、店主の柔らかい声を遠くに聞いた。


……。


 何かが私の中から抜け落ちた感覚で目が覚めた。

時刻はアラームが鳴る前、午前六時四十分。

 あれは夢だったのか……そう思いながら起き上がると、枕元には若草色の本が置かれていた。

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夢物語屋 柊 撫子 @nadsiko

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