魔法幼女の弟子
寄鍋一人
本の中の幼女
僕の家の近所には商店街がある。
お年寄りの和やかな話し声や、子どもたちの笑い声が響く。
そんな賑やかで平和な商店街の端に、ひっそりと佇む本屋があった。
近くのショッピングモールには全国展開する大きい本屋があるし、明るい雰囲気の商店街に店を構えるのには違和感がある。だから人が出入りするところを見たという話すら聞いたことがなかった。
ある日お菓子を買いに駄菓子屋に寄った帰り、何件か隣にある例の本屋がちらりと視界の端に入った。
その同じ画角に、珍しく出入りする小さな人影。それは店と店の隙間をひょこひょこ通り抜け、奥の勝手口からすうっと店の中へと消えていく。
誰も近づかないあの本屋に勝手口から入る人。もしかしたら店主かもしれない。
いったいどんなやつが切り盛りしているんだろうと無性に気になってしまった僕は、恐る恐る足を運ぶ。
店の前まで来ると、人を寄せつけない物々しさの正体がすぐに分かった。
開店したころは店の中まで見えたはずの大きな窓は平積みされた無数の本たちの壁で塞がれ、加えて草木が店の前の道に迫る勢いだ。
店自体の管理が行き届いていないように見えるし、肝心の商品である本たちもお世辞にも丁寧に扱われてるとは思えなかった。
そんなこんなで入ることを(物理的に)許さない扉には、「横の勝手口からお入りください」と書かれた張り紙。さっきの店主らしき人を真似て、といっても体の大きさが明らかに違うので半ば無理やりねじ込んで、僕は謎に包まれる本屋に踏み入った。
店の中も外から見た通り、乱雑に本が積まれている。なるほど……、店の前で見た印象は正しかったわけだ――と踵を返す途中、ここにあるはずのないものが目に入った。
「……おもちゃ……?」
アニメの魔法少女が使う変身道具のステッキのようなものが、見渡せばいくつも無数の本に紛れて転がっている。目の前の一つを手に取ろうとしたそのとき。
「おにいさんもまほうがつかえるの?」
思わず伸ばした手を引っ込めて、声のほうを見る。本の山から顔を覗かせるのは、僕よりも一回りは小さいだろう幼女だった。
お兄さん”も”って言ったか。たしかに、この年頃の子たちはヒーローや魔法少女の真似をして遊んでいる。
「ごめん、僕は使えないや。君は使えるの?」
あやすように冗談半分で聞くと、なにかしてほしいことある? と言うので、どうせならこの本たちをどうにかしてもらおうとお願いしてみた。
「じゃあ、たくさんある本を綺麗にお片付けできる?」
頷いた幼女は魔法のステッキをさも当然のように一振り。
次の瞬間、そこらじゅうの本がまるで意思を持ったように一斉に飛び回り始めた。そしてラノベや純文学などのジャンルごとに、シリーズものは巻数順に、隠れていた棚にマシンガンのように次々に並んでいく。
どうリアクションしてあげようかという数秒前の思考は意味を失い、今はどうリアクションしたらいいのか考える隙さえない。
そうこうしている間にも本は大体が棚に収まって、遮られていた窓から差し込んできた外の光の眩しさで我に返る。
どうだった? と幼女が感想を望んでずいっと胸元に飛び込んできて、拍子で尻もちをつき持っていた駄菓子屋の袋が床に落ちてしまった。
「あ、おかしー!! いいなあ!!」
目を輝かせてお菓子を見つめる顔は、片づけの大魔法を使ったとは思えないような年相応なそれだった。
あんなものを見せられては断るほうが申し訳ないので袋ごと手渡す。幼女はまたステッキを振ると、本棚から絵本を取り出しながら読んでと僕の膝によじ登ってきた。
そうか、この子は天才の前に、幼女なんだ。もう何を頼まれても幼い子どものお願いを断るつもりはない。
僕の朗読を聞きながら、腕の中の幼女は言う。
「おにいさん、このおみせでおしごとしてくれる?」
いいよ、ここでアルバイトをしよう。
「じゃあ、わたしのでしになってくれる?」
僕はどうやら、本屋の店員兼魔法幼女の弟子になったらしい。
魔法幼女の弟子 寄鍋一人 @nabeu
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