マッスル書房へようこそ!

ねこ沢ふたよ

第1話 筋肉は正義なり

 現代の書店文化に最も必要な物! それは筋肉!


 それが、この書房のコンセプトというか……スローガンというか……。


 俺、佐々木進ささきすすむは、この書房にバイトに来ている大学生。普通の本屋だと思ったんだ! 思ったからバイトを始めたのに。なんだここは!!


「佐々木君! どうしたんだ! 表情が暗いな! プロテインが足りていないんじゃないか?」


明るく陽気なゴリマッチョ店長、本因坊ほんいんぼうさんは、トレーニングベンチでバーベルを上げながら俺に語り掛ける。

本日も本因坊店長のゴリゴリの筋肉は絶好調のようだ。


「いいですから、放っておいてください。世の不条理を日々実感しているところなんですから」


「いいか、佐々木君! そういうアンニュイな時にこそ必要なのは、哲学書でも実用書でもなく、筋トレなんだ!」


 おおよそ書店の店長とは思えない異世界の発言。

 俺は、知らない間に異世界転生でもしていたのか? それならば、もっと可愛いエルフや、夢ある魔法あふれる世界に転生したかった。こ、こんなゴリマッチョが支配する、本よりもトレーニング器具があふれる書店の店員にはなりたくなかった!! チェンジで願いたい!


「あの……ここ、書店ですよね……?」


ああ、可哀想な子羊おきゃくさまが、今日もここへ……。


「おお、その通りだ! 何をお望みかな?」


 キラリと白い歯を光らせて、本因坊店長が応対する。筋肉を見せつけるために上半身裸でその上にエプロン。

 俺の人生で初めて見た裸エプロンが、こんな……くっそ腹が立つ!


 やせ型の若者。おどおどしながら、この異様な店内に入ってくる。


「あの、俺浪人中で、英語の参考書が欲しくて」


「英語の参考書だと? 浪人ならば、家にあるだろうが」


「それが、どの参考書も、俺に合わないようで、全然成績が伸びなくて」


分かる。分かるよ。その悩み。俺も受験の時は、どうして周囲の様に成績が伸びないのか、悩み続けていた。


「なるほど。ふむ。僧帽筋が足らんという話だな!!」


は? 客も俺も目が点になる。


「さあ、ここに座ってトレーニング開始だ!」


有無を言わさず、お求めの参考書も紹介せずに本因坊店長は、客をトレーニング器具に座らせる。


「え、ちょっと。マジ? え?」


「さ、マッスルだ! 筋肉が喜べば、世界が変わる! そうすれば、悩みなんか吹き飛ぶんだ!」


まただ……。可哀想に。

異世界転生物のラノベを探しに来た客も、辞書を探しに来た客も、就職活動の資料を探しに来た客も、皆、結局筋トレさせられて帰っていく。


 本日のお客様もまた同じ。


 延々と筋トレして、ヘトヘトになって帰っていった。


ーーーー

 後日。


「ほ、本因坊店長!!」


この間の若者が、訪ねてきた。

そう、これもテンプレ。いつも通りだ。


「あ、ありがとうございます! あの後、心機一転して、家にある参考書で勉強し直してみたら、成績が爆上がりで!!」


 そう。何故だか知らないし、知りたくも無いし、そして認めたくもないが、客は皆、悩みが解消して、こうやって笑顔で帰ってくるんだ。

 

 こんちくしょう。

 こんなの見たら、バイト辞められなくなるじゃないか!

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