オススメは店主の気まぐれ
浅葱
本は全て平らに置かれているのです【完結】
その店の店主は猫だろうと、私は勝手に思っている。
サビ猫、というのだろうか。黄土色っぽい毛に黒がところどころ入ったその猫はいつも何かの本の上を陣取っていた。
バイトの青年がハタキを持って猫の前でひらひらすると、それを捕まえようと前足を伸ばしたりするのだが、本の上からはどうしてもどかないのだ。
「こんにちは」
私は猫に声をかけた。
「オススメの本はありますか?」
そう尋ねると、猫は本の上からどいた。
それが私へのオススメの本らしい。
今日は小説のようだ。
「ありがとうございます」
猫の温もりが残る本を手に取った。
「今日はもう一冊読みたい気分なのです」
そう言うとまた別の本の上に乗って、下りた。
「こちらですか」
私はその本も手に取ってみた。それはドキュメンタリーのようだ。空の写真が眩しい。私はにっこりした。
「ありがとうございます」
この店には棚もあるのだが、その棚に置かれた本も全て平らに置かれている。猫はなーと鳴くと、今度は棚の上にトンッと上がった。そして目を閉じて丸くなる。
私へのオススメは終わったらしい。
「また来ますね」
そう言って私はレジへ本を持って行った。
「お買い上げありがとうございます」
バイトの青年が苦笑して言う。
「いえいえ。いつも新しい発見があるので助かっていますよ」
私の横をハンチング帽を被ったご老人が通り過ぎた。
「やあやあご店主お久しぶりです。何かオススメはありませんかな?」
背に老人の声を聞いて私は口元に笑みを浮かべた。なーと猫の鳴き声が聞こえる。きっと猫はあの老人にも本をオススメしたに違いない。
店を出ると、そこは路地である。五歩進んで振り向くと、先ほどまであった店はなく茶色い木の壁があるばかり。
「読み終わったらまた参りますね」
今回は猫がどんな本を進めてくれたのか楽しみだった。
大通りに出る手前で、後ろからなーという猫の鳴き声が聞こえた気が――した。
オススメは店主の気まぐれ 浅葱 @asagi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ホラー小説の正しい楽しみ方/浅葱
★30 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます