俺の本屋が燃えている

海沈生物

第1話

 久しぶりに一人で焼肉を食べに行こうと思っていたら、俺の本屋が燃えていた。俺の父が度重なる暴行傷害恐喝等の手段で奪い取ったお金を元手に建てた本屋が大炎上していた。俺の本屋の周囲にたむろする野次馬たちは、スマホを持ち、恍惚とした表情で燃える本屋をパシャパシャと撮影している。遠方からは消防車のピーポーピーポーというサイレンが聞こえる。


 二つの喧騒に挟まれたながら俺は、その場に膝をつく。


「どうして俺だけ、こんな酷い目に遭う必要があるんだ……っ!」


 目蓋の奥にある涙腺から、炎の色に染まった、真っ赤な涙を流す。この本屋の中には出火元になるようなものがなかったはずなので、この火事は人為的に、何者かの手で行われたものだ。


 俺の心臓には、この身すら燃やし尽くしてしまいそうなほどの、復讐の業火が燃えていた。許さない。俺の本屋を燃やした犯人を、俺は決して許さない。絶対に。ギュッと拳を握りしめて「復讐」への決意を固めた。

 

 その時、ふと背中をポンポンと叩かれた。


 一体誰なのかと思い振り返ると、そこには俺の友達である「奪割連流うばわれる」くんがいた。彼はいかにも「悪役」といった感じの、悪意ある笑みを浮かべており、膝をつく俺の姿を見下していた。


「どうだい、家が燃やされた感想は?」


「燃やされた……? もしかして、お前がこの本屋を燃やした主犯格なのか……?」


「そうだとも。僕こそが、君の本屋を燃やした張本人だっ!」


「そんな……俺たち友達だろ? どうして、こんな酷いことができるんだ……?」


「どうして、ね。……ふっ、簡単な話さ。奪井取うばいとるくん、僕の実家の本屋を奪い取ったからさ!」


 奪い取った。しかし、俺には奪割くんの実家の本屋を奪い取った記憶はなかった。


「それはおかしい。そもそも、奪割くんの実家の本屋なんて、放っておけば簡単に潰れるような赤字店だったじゃないか。そんな不良物件、わざわざ俺が奪い取るわけないだろ……?」


「不良物件!? ……そ、そんな酷い言い草はないだろ! というものはないのか、君にはっ!」


「そこになければないですね」


「そこは持てよ」


 しかし、奪割くんの実家を奪ったのが俺でないとしたら、一体誰が奪ったのか。可能性があるとしたら、俺の父とか俺の父とか俺の父なのだが。俺の父とて、馬鹿な人間ではない。奪割くんの実家の本屋みたいな不良物件を無意味に奪い取るような、そんな愚かな行いはしないはずだ。


「まさか……」


「もしかして”犯人”が分かったのか、奪井取くん!」


「あぁ、分かったぜ。この"問題"の"解決法"がよ……」


 俺はそっと奪割くんの肩を叩いた。「どうしたんだ?」と小首を傾げる彼の鳩尾に、俺は鋭い「突き」を入れた。突然の突きに、思わず地面に膝をついて怯む奪割くん。俺はそんな彼を見下ろすと、ひょいと身体を持ち上げる。少しポケットを探ってから中にあった財布を奪い取ると、絶賛大炎上中の本屋の中に投げ入れた。


「なっ……なっ……ど、どうして……!?」


 そんなか細い声が聞こえてきたような気がしたが、スマホで火事の現場を撮影するような野次馬の喧騒は、相当なモノだった。彼の最期の声は俺以外に気づかれないまま、燃える炎の中に消えた。メラメラと炎の中で燃える彼の姿を横目に、一仕事終えた俺は「ふぅ」と一息ついた。


「彼を殺してしまえば、火事の犯人への”復讐”も果たせて、ついでに”誰が犯人なのか?”なんて面倒な”問題”の"解決法"なんて考える必要がなくなるっ! ……はっ。俺って、もしかして天才なのかもしれないなっ! ガハハ」


 俺は豪快に笑いながら奪割くんから奪い取っておいた財布の中を覗くと、中に福沢諭吉が入っていることに気付く。その中身に「ヨシッ!」とガッツポーズをすると、俺はそのお金を持ち、焼肉を食べに向かった。

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