愛と狂気と21グラム

睡眠欲求

愛と狂気と21グラム






 燃える炎は僕の目線の高さほどまで上がっていた。美しいとも感じさせる炎は毎秒姿を変え、僕は額に滲み出る汗を手で拭き取った。横にいる女は白のタンクトップ一枚で腕を組みながら炎を見つめていた。肩にかかるほどの長さの髪は至る所に伸びてゆき、キレイな髪の面影はない。


「助かったよ。やっぱり君に連絡して正解だった。すぐきてくれたもん」


女は僕にそう言ったが、目線は炎から離さなかった。


「でもこんな山の中で火なんかつけちゃって大丈夫だったんですか?」


僕が尋ねた。だが女は答えない。変わらず炎を見つめていた。しばらく炎を眺めていると女が口を開いた。


「今は夏だからねぇ。キャンプと勘違いするさ」


そうか、そうなのか。僕は納得するほかない、そんな考えが直感として完結した。


「もし君が来てくれなかったら、文字通り詰んでたよ」


炎から弾けるような音がした。女は僕の目を覗き込んだ。瞳孔が開き黒で一色の目で。


 “彼女は危険な人です“


そんな忠告を言われた気がしたのは一年ほど前のことだった。


「君は私をどう感じるの?」


女は僕に問いかけた。その乾き切った生気のない声は僕を暗闇の底へ誘った。


「私は同じって感じる」


女は先ほどと同じような声で暗闇で道を見失う僕を誘導していく。実感はあった。それを認めたくはなかった。その先にあるのは破滅なのだから。その先にあるのは狂気なのだから。だけど最後にあるのは——。


「私の味方は君だけだよ」


女は畳み掛ける。生気のない声で。女のジーンズは黒いシミがいくつかあった。光の加減か、僕はそれを見つけることができた。


「軽くなるって思ってたけど案外重さは変わんないんだね」


「二十一グラムらしいです」


「なにが?」


「重さが」


「そう」


女は新しい知識を得たことに満足したような様子だった。女は煙草を咥えた。僕の方に箱を差し出してくる。僕は首を横に振った。


「吸わないの?」


僕は嫌悪を顔に滲ませながらまた首を振った。女は煙草を咥えた口を微笑ませて言った。


「吸わない人は好きよ」


女はライターで火をつけた。吸って吐いている。僕はただ見つめていた。どこかの希望を探そうと。そこにないのはわかっていた。そんなこと嫌になる程わかっていた。だが諦めたくなかった。堕ちていく自分が怖かった。手に温かい感触が現れた。

それは紛れもなく女の手だった。堕ちる。体が重力に押さえつけられ堕ちていく。近づいてくるのは破滅なのだから。襲ってくるのは狂気なのだから。だけど最後にあるのは愛なのだから。女はその黒く澄み切った目で言った。


「これで共犯ね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛と狂気と21グラム 睡眠欲求 @suiminyokkyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ