(KAC20231)ここには無い物語

古朗伍

ここには無い物語

「フェニキア。本とは武器だ」


 移動本屋が用意した椅子に座って物珍しい本を好き放題読んでいた女性――フェニキア・シャムールは先輩の男からそう言われる。


「痛そう」

「そうではない。確かに鈍器としての側面は有用でもあるが、それ以上に書かれている文字の列はあらゆる価値を含んでいる」


 先輩も荷台の屋根に座ると魔法で中にある本をふわりと手元へ寄せる。


「人とは誠に面白い。私も永い時を過ごしているが、このような発想は考えつかなかった」

「人の可能性?」

「そうだ。本とは文字だけでは成立せず、紙だけでも成立せず、構想だけでも成立しない。人と言う存在が無意識の内にそれらを統合して生み出した、“知識が形になった武器”なのだ」


 熱弁を語る先輩に対して、フェニキアは一度も読んでいる本から眼を話さずに受け答えしていた。


「そして、驚いた事に文章とは絵画と違い、時代の流れの中で劣化しにくい。我々の様に語り継がれる」

「人の好みはあると思う」

「無論、稚拙なモノもあれば深く読み解かなければ本質を捉えられないモノもあるだろう。どちらを“良き”と取るかは読み手の好みだな」


 先輩は手に取った本を片手で立てる様に開く。


「フェニキア、君はどんな本が好きかね?」

移動本屋ここには無い物語」


 その言葉に先輩は笑う。


「既に全部読んでしまったか。一応は前よりも蔵書は増やしたつもりなのだがね」

「全部、私達の事ばかり」

「仕方あるまい。これ以上の題材など世界には転がっていないのだから」


 先輩はそう言って手に取った本を読み始める。


「あるよ」


 フェニキアは読み終わった本を隣の本の山に積み重ねると新たな本を取った。


「ほう? 我々を越える題材……伝説と言えば……『深海の神』『天空の城』『常闇の亡霊』と言った所かな?」

「『ドラゴンスレイヤー』」


 その言葉に先輩は、クッハ、と笑う。


「私も是非とも聞いてみたいものだ。彼らの人生ものがたりを」

 


 

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