むてきのほん
於田縫紀
或る本屋の夜
「お客さん、終点ですよ」
はっと目を覚ます。
電車の中、周囲は自分と車掌しかいない。
「終点の■■■■駅です。降りて下さい。この列車は車庫に入ります。もう終電でこれで終わりです」
何だこの車掌、こっちがいい気分で寝ていたのにうるさい。
こっちは御客様なのだ。
それなりに事情を考えて丁重に扱うのが筋だろう。
「うるせえ! 俺は客だぞ!」
「電車はここから車庫へ入ります。これ以上乗る事は出来ません。終電ですので折り返す事もありません。降車して下さい」
若造のくせに生意気だ。
まったく最近の若い者は年配を敬うという事を知らない。
俺は車掌に指導すべく立ち上がって、そして思い切り車掌の顔面めがけて拳で殴り、いや指導しようとする。
しかし拳は空を切った。
車掌の奴、避けやがった。
殴りかかった勢いで俺は前によろけてしまう。
ちょうどそこが電車の出口だった。
ホームに出て、そして慌てて体勢を立て直す。
くそ、何としてもあのくそ車掌に一発指導しなければ。
振り向いたところで電車の扉が閉まった。
くそ待て電車、俺はあの車掌に用がある!
ドアをがんがん叩いて用事があるとわからせる。
だが電車はゆっくりと動き始めた。
馬鹿野郎! 何で気付かないんだ!
わからせる為に思い切り電車を蹴ったら、動いている電車の勢いに足を取られて転んでしまった。
くそ! 危険運転だ! 訴えてやる!
偉い奴にいいつけてやる!
駅員に文句を言おうと周りを見回す。
改札らしい場所が見えた。
あっちに行けば駅員がいるだろう。
「おい駅員、出てこい!」
改札前で怒鳴るが誰も出てこない。
何だこの駅は、まったくなっていない。
「おい誰かいるか、こら!」
誰も出てこない。
よく見ると改札横に張り札があった。
『駅員配置時間:午前7時30分~9時00分、午後5時00分~8時00分。それ以外の時間は※※※※駅までご連絡下さい』
まったくサービスがなっていない。
新聞に投書してやるからな!
そう思って、そしてふと思う。
何処だ、ここは。
周囲をもう一度見る。
少なくとも最寄り駅じゃないのは確かだ。
酔っているからと言って間違うわけはない。
今日はどうしたんだっけか。
俺は記憶を辿ってみる。
そうだ、電車で飲みに出かけたのだ。
自宅の近所の飲み屋は入ろうとすると嫌な顔をされるから。
まったく最近の客商売はなっていないと思うが、それはそれとして。
酔っているせいか駅名標がよく読めない。
客も駅員も誰一人いない。
まあいい、酒屋くらいはあるだろう。
改札は今時自動改札ではないタイプだった。
駅員がいないので素通りだ。
駅を出て左右を見る。
飲み屋、酒屋はないかと。
灯りは街灯くらいしか見当たらない。
たかが終電程度の時間なのに店が全部閉まってやがる。
まったくもってしけた街だ。
だがよく見ると一軒だけ、灯りがついている店があった。
俺はその店に向かって歩きはじめる。
どうやら飲み屋ではなさそうだ。
『本』と書いてあるから本屋か。
この際何の店でもかまわない。
電車が出るか飲み屋が開くまでの時間つぶしにはなるだろう。
中をのぞく。
通路2つに身長より高い本棚が並んでいて、奥に店主がいるという形だ。
どうにも妙な雰囲気があるが、別にかまわない。
時間さえ潰れればそれでいい。
ただこの本棚の中からよさそうな本を選ぶのは面倒だ。
だから俺は店主に呼びかける。
「おい、何か面白い本はないか。漫画がいい」
「ちょうど入荷したばかりのものが御座います。お読みになりますか」
「おう」
俺は店主から受け取った薄い漫画本を手に取る。
タイトルは『無敵の男』。
どれどれ……
◇◇◇
「何だよコレ、つまんねえじゃねえか!」
俺は店主に文句をつけた。
「おや、そうですか?」
「当たり前だろ! この主人公、何もしないでただ文句を言っているだけだ!」
店主は意外そうな顔をして俺の方を見る。
「そうですか? 貴方ならこの主人公に共感できると思ったのですが」
「こんな馬鹿に共感出来るわけねえ! ただ自分の好き勝手な事をして、そのせいで孤立して、努力しないから何にも成れなくて、ただ酒を飲んで周囲の全てに文句言っているだけだ」
本屋のくせにこんな当たり前の事もわからないのか。
ならもう少し指導してやろう。
「こんな本、無駄だし害だろう。読んでいるこっちまで気分が悪くなっちまう。廃棄だ廃棄。裁断してゴミにでも出すんだな」
「そうですか。他ならぬ貴方が言うなら、きっとその通りなのでしょうね」
店主は陰気そうなため息をひとつついて、そしてまた口を開く。
「折角新しい本が入ったと思ったんですが、そういう本なら仕方ないですね。それでは仰る通り、裁断して棄てるとしましょう」
不意に俺の視界が変わる。
何だ此処は。
固い鉄のような地面、目の前には縦に長い壁が規則的に並んでいる。
「それでは裁断しますよ」
その言葉が終わると同時に地面と壁が動き始めた。
いや、前にあるのは壁では無く刃だ。
上から下へまるで回転しているかのように巨大な刃が切り刻み続けている。
地面が刃の方へと進みはじめた。
「おい、何だこれは!」
「だから裁断ですよ。貴方が言ったじゃないですか。『読んでいるこっちまで気分が悪くなっちまう。廃棄だ廃棄。裁断してゴミにでも出すんだな』って。
だから裁断するんです。貴方という本をね」
地面が刃の方へ動いていく。
反対側からも刃が迫ってくる。
逃げられない。
何だこれは! 訴えてや※★×$%※!!!
むてきのほん 於田縫紀 @otanuki
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