最終話  三人の愛天使《キューピッド》はどこまでも羽ばたく

「じゃじゃ~ん! ここがあたし達の新たな住処よ!」



 ソリドゥスは目の前の建物を見上げながら、付き従うアルジャンとデナリに見せつけた。


 そこは大通りに面した四階建ての建物であった。間取りはすでに確認しており、一階部分は店舗、二階部分は事務所、三階、四階部分は住居となっていた。


 また、裏手には付属となる倉庫もあり、店を構えるのには最適であった。


 むしろ、三人の手には余るほどの広さですらあった。



「わぁ~、よく見つけましたね、こんな物件。手入れも行き届いているようですし、すぐにでもお引越しできますね」



 見上げるデナリも目を輝かせていた。店を持つという姉の長年の夢が叶い、それにまた自分も付き添えることに喜びを感じていた。


 久しぶりに“父”に会った時、これと言った話もなく、淡々と報告して、それに無言で頷いて、という具合になんの情も感じる事が出来なかった。


 やはり、自分にとっての家族は姉一人であり、唯一その輪に加わることを渋々ながら認めているのは、隣にいる度し難い皮肉屋だけであった。



「しかし、これは明らかに大き過ぎでしょうに。三人では、とても管理しきれませんよ。今少しこじんまりとした店構えの方が良かったでしょうに」



 まずは基本的に否定から入るのが、アルジャンのソリドゥスに対する話し方だ。


 なにしろ、ソリドゥスは誰かがブレーキをかけねば、どこまでも突っ走ってしまう性格のため、こうした歯に衣の着せぬ助言者は必須であった。


 それを弁えているからこそ、アルジャンもまた役目を十全に果たそうと、皮肉な道化師ピエロの役回りをこなしていた。



「人も早めに雇い入れるから。どのみち、開店当初は御用聞きと、調停のためにあちこちとの話し合いに終始することになるんでしょうし、店頭販売やらはちょい先になるわよ」



 ソリドゥスの言う通り、ここ最近は御用商人にまつわる調停で大忙しで、休む間もなかったほどだ。


 まず、最初に手掛けたのが、芸術家達への働きかけであった。


 バナージュと交流の深かった芸術家の工房をあちこち回り、バナージュとの仲介を申し出た。ソリドゥスとバナージュの親密な関係はすでに人々の間でも広まっており、なんとかよりを戻したいと考えていた芸術家達はこれに飛びついた。


 そして、ソリドゥスが訪問した翌日には、“なぜか都合よく”バナージュからの親書を携えた使いがやって来て、再び交流を持ちたい、財の援助も行う、という知らせが届いた。


 芸術家達はソリドゥスの取り成しに感謝し、この話は方々に拡散していった。


 これで社交界のソリドゥス人気に火が着いた。


 次期国王とのコネがあるのはソリドゥスのみ。裏切りに等しい芸術家達に対しても、殿下との間を取り持って関係を修復させてくれた。


 殿下は慈悲深く、取次ぎさえしてくれれば、話は通じる。殿下との関係構築ならば、ソリドゥスに頼むのが一番!


 急ぎ、キューピッド商会のソリドゥスの下へ参じるのだ!


 これでソリドゥスのところへ、誰も彼もが駆け付けたのだ。


 こうした来客への対応に追われ、ここ最近の三人は多忙を極めた。


 ソリドゥスとしては、自分と店の名前を売れ、今後の商売で使えるコネを構築できたため、まず大成功と言ってよい充実した日々を過ごせた。


 そのため、うっかり“自分の誕生日”の事を忘れてしまい、父ダリオンから誕生日の祝いの品を貰うまで、完全に頭から消えていたほどだ。


 ちなみに、ダリオンから貰った祝いの品は、目の前にある店舗だ。



「いや~、娘の誕生祝いに店一軒ポンッとくれるなんて、さすが大富豪よね」



 ソリドゥスは父親からの祝いの品を大いに気に入っていた。


 なにしろ、喉から手が出るほどに欲していた“自分の店舗”を、こういう形で手に入れる事が出来たからだ。


 最近得たコネを利用し、探そうかと考えていたが、その時間と金を節約できたので、実体以上の効果のある贈り物と言えた。



「そうでしょうかね。あの頭が回る旦那様のことですし、これは一種の首輪と考えておくのがよろしいかと。恩を着せておいて、なるべく制御下に置いておきたい、という考えが透けて見えます」



 ウキウキ気分のソリドゥスに冷や水を浴びせるアルジャンの一言であったが、ソリドゥスはそれを素直に受け入れる事にした。


 なにしろ、横にいる幼馴染は自分の参謀役だ。主人が参謀の言葉に耳を傾けずにいてどうすると言うのか。そう考えると、たまにチクチク痛い事を言ってくるのも、許容できるというものだ。



「まあ、そんなところでしょうね。でも、こうしてあたしは商人としての人生を、今この瞬間から始める事が出来る。アルジャン、デナリ、これからもよろしくね」



「はい!」



「休みはちゃんとくださいね」



 それぞれらしい返事が返ってくると、そこへ一台の荷馬車がやって来た。



「ソリドゥス様、ご注文の物が仕上がりましたので、お届けに参りました」



「お~、来た来た! 留め金が取り付けてあるんで、そこに設置してください」



 ソリドゥスの指示に従い、男が荷台の覆いを外すと、そこには大きな木の板が横たわっていた。



「これは、看板、ですか、ソル姉様?」



「そうそう。職人さんがバナージュ殿下との関係修復に動いてくれたお礼だって、無料で作ってくれたのよ。あ、デザインはあたしね」



 ソリドゥスがそう説明しているうちに、早々と看板は取り付けられた。


 デカデカと“キューピッド商会”と書かれ、その文字の周りを三体の愛天使キューピッドが飛び回っている、という構図になっていた。なお、三体の愛天使キューピッドにはそれぞれ、弓矢、筆、水瓶が握られていた。



「わ、可愛い!」



「でしょ? でしょ? いや~、我ながら、芸術の力も高いとは、自分の才能が怖いくらいだわ」



 どうだと言わんばかりに腰に手を当てて胸を張ったが、アルジャンは鼻で笑うだけであった。



「お嬢様、これを作ったのは職人の方であって、お嬢様が作られたわけではにでしょうに。さも自分の力で作ったなどと勘違いしそうな言い方は、あまり関心いたしませんね」



「うるさい。デザインは私だから、別にいいでしょ!」



 折角のノリノリの気分に水を差されたが、それ以上に今日という日は晴れやかな気分であり、皮肉屋の戯言として流すことにした。



「そんなことより! 今日からキューピッド商会は正式に開店するんだから、今後あたしのことは“支配人”もしくは“店長”と呼ぶように! いいわね!?」



「分かりました、ソル姉様店長!」



「分かりました、強欲の支配人!」



「素か!? わざとか!? どっちなの!?」



 どうにも反応に困る呼ばれ方をしたので、ソリドゥスは上手く返すことができず、頭をかいて誤魔化した。頼りになる二人ではあるが、このノリは修正しておかねばと感じた。



「あ~、でも、ようやくここまで来れたって感じね。十歳の時に独立商人になる意志を固めて、何度も融資を頼んでも断られて、それでも諦めずに努力して、やっとお店を持つことができたわ。でも、それが夢なんかじゃない。夢はお爺様を超える商人なる事。今日という日は、ようやく出発地点に立てたというだけの事。でも、今日という日を私は生涯忘れないと思うわ」



 ソリドゥスの見上げる看板には、屋号になった(させられた)“キューピッド商会”の文字と、三体の愛天使キューピッドが映っていた。


 情熱の炎を燃え上がらせ、人と人とを繋ぐ神の御使い。今のこの場にいる三人がまさにそれだ。


 大通りの遥か先に見える王宮には、その三人によって結ばれた王子と妃が肩を寄せ合っていることだろう。三人の働きによる結果であり、皆が納得する形で収まったと喜ぶべきであろう。


 ただ、ちょっと違うのは、三体の愛天使キューピッドの内の一人が、この上なく欲深いことだ。


 シンデレラストーリーを儲け話にして、まだまだ金銀を山ほど稼ぐつもりであり、悪巧みがその頭の中に詰まっていた。



「さぁ~て、そんじゃま今日も気合入れていくわよ! 今日も十数件は回るから、いつも通りよろしくね、二人とも!」



「やれやれですな。その愛天使キューピッドは強欲にしてシンデレラを売り飛ばし、王子を煽って焚き付け、国王をもおちょくって色々とせしめ、挙げ句に立場を利用して賄賂と接待漬けの日々。これではまともな商会とは呼べませんな」



「やかましいわ! コネ作りも立派な仕事でしょ!?」



「それ自体は否定いたしませんが、いささか露骨過ぎやしませんか? 何しろ、当商会の販売実績は、いまだに“シンデレラ・一体”ですからね。おまけに収益自体はほぼ全額“袖の下”という笑えない状況……」



「い~の! これから販売実績増やして、真っ当な利益を確保するから! 以前の履歴も消し去ってあげるからね!」



「消えないと思いますけどね。王太子妃を“幸運の牝馬”として売り飛ばしたなんて、とんだ悪徳商人もいたものです。まあ、何事も程々にしておきませんと、金貨の詰まった財布で脳天かち割る天使の姿をした魔女だと、そのうち噂に上っても知りませんよ」



「上等よ! 商人が金儲けに精を出して、何が悪いって言うのよ! 御禁制の品に手を出したとか、そういうのじゃないんだしさ!」



「わが国では人身売買は禁じられておりますが、それはよろしいので?」



「一夜の逢瀬の対価ってことにすればセーフ!」



「屁理屈にも程がありますな。買い取ったのが気のいい王子様だったからよかったものの、面倒な人物に渡って、面倒な事態にならなかったのが幸いですよ」



「そういうあんただって、競売に参加したでしょうが! なぁ~に、他人事みたいに言ってるの!?」



「主犯と共犯では、罪の重さに差がありますので。ああ、いっそのこと、司法取引で洗いざらい吐いてしまった方がいいか。どうせ私の口から飛び出る悪事の数々は、お嬢様の悪事に関することばかりですし、罪を減じてもらえるかもしれません」



「それじゃあたしが困るでしょ!?」



「では、せめて口止め料として、給金を上げていただきたいですね。これではいつまでたっても、眼鏡のお礼をソルにしてあげられないではないですか」



「ななななな、何言ってんのよ、いきなり!?」



 またいつものが始まったと、それを眺めるデナリは腹を抱えて笑った。


 こういう状況になった時のアルジャンは強い。いつも姉がおちょくられる一方で、最後は疲れて口を紡ぐか、顔を真っ赤にして混乱するかだ。


 ちなみに、ダリオンがアルジャンにソリドゥスと結婚するように申し出たことを、ソリドゥスもデナリも知っていた。あの後、父と何を話していたのかと尋ねた結果、アルジャンが嘘偽りなく答えたからだ。


 その時のソリドゥスの混乱ぶりは凄まじく、酒に酔って“ろれつ”が回らなくなったのかと思うほどの動揺ぶりであった。


 そして、結婚する気が無いことを(現段階では)ないと告げられると、今度は随分としょぼくれた態度になった。


 見ていて分り易いなぁ~、と思うデナリであったが、結局はこれも当人同士の感情の問題であった。


 バナージュとエリザがそうであったように、夫婦になるにはちゃんとした愛情が育まれてこそであり、目の前の二人にはそれが決定的に欠けていた。


 相手を想う気持ちではなく、正直にそれを伝えるという“勇気”がである。



(まあ、その日がいつになるかは分かりませんけど、ソル姉様がエリザさんにとっての愛天使キューピッドになったように、今度は私が姉様の愛天使キューピッドになって差し上げますよ~♪)



 取りあえずは“物理的”に引っ付けてやろうと、デナリはさりげなくソリドゥスの背後に回り、ポンと背中を押した。


 完全な不意討ちであったために、ソリドゥスは前に倒れかかり、そのままアルジャンに抱き付いてしまった。


 何が起こったのか、ソリドゥスには一瞬理解できなかったが、アルジャンにしがみ付いている自分に気付き、顔を真っ赤にした。


 だが、デナリは追撃とばかりに、今度はアルジャンの背中を押し、二人並んで店の方へと押しやられた。



「ちょ、ちょっと、デナリ!」



「ソル姉様、今日は“キューピッド商会”の開店初日ですよ。いきなり店先で店長と番頭が口論だなんて、店の評に関わりますから控えてくださいね~」



 グイグイ店の方に押し込もうとするデナリに、二人は困惑する一方であった。



「あれ? 俺っていつから番頭になったんだ?」



「こっちも任命した覚えがないわよ!」



「まあ、そのあたりは適当でいいんじゃないですか? それより、さっさとお出かけしましょうよ。三人で店を大きくしていく、その第一歩が今日なんですし、気合入れていきましょう!」



「分かった! 分かったからデナリ、あんまし押さないで!」



「あ、ソルって、意外と胸あったんですね。着やせするタイプか」



「ふざけんな! 乙女の柔肌に触れといて、ただで済むと思っているの!? って、押すな~!」



 そして、二人はデナリに押し込まれるように、三人揃って自分達の店の中へと入っていった。


 かくして、シンデレラを売り飛ばし、王子様からご褒美を貰った三人の愛天使キューピッド、その物語はここからが本当の始まりとなる。

 夢は大きく、羽ばたきも大きく、天に向かって駆け上がる、三人の商いと色恋話はここからとなるが、それがどうなるかは当人達次第である。


 ただ一つ言える事は、強欲なる愛天使キューピッドの羽ばたきは、誰も止められはしないと言う事だ。


 次なる美味しい話、楽しい出来事、不思議な出会いを求めて、三人はどこまでも羽ばたいていく。



                ~ 終 ~

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その愛天使《キューピッド》強欲にて、シンデレラを売り飛ばす 夢神 蒼茫 @neginegigunsou

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