第62話 パシー家の血筋
アルジャンを見るダリオン、レウスの視線は真剣そのものだ。
勅書であるから当然、国王の署名捺印がなされている。つまり、国王が目の前の少年を高く評価し、しかも十賢者の地位まで与えたことが、ただの遊び半分や功績によるお手盛り人事などではなく、本気でその実力を買っているということだからだ。
どんなものかと試しにアルジャンに投げかけた問いの回答は、ダリオンが報告を聞きながらジッと無言で考えていた内容そのものだからだ。
特にヒントもなく、ただ一人だけ部屋に留め置いたという状況だけで、そこまで洞察したということであり、恐ろしく頭が回ることを認識させられた。
年頃の娘がいつまでも未婚と言うのも良くないなと、ダリオンは考えていたが、やはりソリドゥスの持つ眼が惜しくて、決断することができなかった。
ならば婿養子をと考えてみたが、これも条件的に望ましい者はなく、宙ぶらりんになってしまった。
結果、ソリドゥスはもうすぐ十六歳になろうかという歳で、婚儀どころか見合いの話すらないような状態であった。
そんな中、いきなり湧いて出てきたのが、アルジャンの十賢者就任という話だ。
まさか、自分の家にとんでもない天才が潜んでいたことに、神へ感謝したいほど喜んだ。
将来の宰相候補であれば、婚姻関係を結んでおいて悪くない話であるし最強の眼を流出させなくて済むのだ。
条件的にはかなり良いと言ってもいい。
「ですが、その話はお断り申し上げます」
期待に胸膨らませるダリオンに対して、アルジャンは真っ向から拒絶した。まさか断られるとは考えもしなかったので、ダリオンもレウスも目を丸くして驚いた。
「ここまで正確に洞察していながら、敢えて拒否するか。理由はなんだ?」
「自分とお嬢様の間に、“愛情”が存在しないからです」
この返答もまた二人を驚かせた。
あれほど“利”と“理”を読み解きながら、拒否の理由が“情”であったからだ。
「よもや拒否の理由が愛情とはない。愛のない結婚はそれほどいかんか? 上流階級では、割と良くある話だぞ。結婚話なんぞ、親が勝手に決めてしまい、新郎新婦の初顔合わせが結婚式当日、なんてこともあるくらいだ。それを考えれば、お前とソリドゥスは昔からの顔馴染み。別にそこまで気にすることもないとは思うが?」
「それでも愛情はありません。親近感はありますが、あくまでそれは友人としてのそれであって、男女のそれではありません。なにより、愛情のないまま結婚した夫婦と、愛情を育んでから結ばれた夫婦を、両方間近で見てきました。それゆえの拒絶でもあります」
ザックとエリザ、バナージュとエリザ、この二つの組み合わせの差は、結婚の前段階にちゃんとした手順を踏んだかどうかだろうと、アルジャンは見ていた。
特に、前者は“庶民”の結婚だったというのも大きい。上流階級の婚儀は家と家の結びつきを強めるのが第一であり、夫婦の相性が悪いからと簡単に断ち切れるものではないのだ。
今回の騒動で“婚姻無効”の裏技を用いたとはいえ、もし、離婚が可能な法律であれば、ザックとエリザはもっと早くに分かれていただろう。
全く違う結果を生み出した組み合わせを見てきたため、アルジャンは“愛情”のない結婚に対しては、否定的な立場をとるようになっていたのだ。
「ならば、結婚して愛をゆっくり育めばよいのでは?」
「いえ、手順が逆です。そもそも、現行法では“裏技”でも使わないかぎり、離婚はできません。一度限りの機会であるからこそ、失敗はしたくありません。愛情を成立させてから結婚に踏み切った方がよいでしょう。その後に崩壊することもありますが、初めから愛情が無い状態でいきなり結婚するほど、博打なことはできません」
「話は分かるが、しかしだな」
「待ってください、父上」
ここでレウスがダリオンの言葉を遮った。父親が結婚という状態に固執しているように感じたため、自分が話した方がよさそうだと判断したのだ。
「その件は了承しよう。すぐに結婚という話はなしだ。だが、確認しておきたい点がいくつかある」
「お伺いいたします」
「お前と妹の間に愛情はないといったが、そう言いきれる根拠は何だ?」
「子供だからです」
これまた意外な回答であり、レウスは思わず笑ってしまった。
「子供か、なるほど。確かに子供であれば、大人の機微による恋愛の駆け引きなんぞ、知った事ではないだろうな」
「子供は妥協を知らない無邪気な生き物で、逆に大人は妥協によって協調する生き物です。ソリドゥスお嬢様を見て、どちらがより近いと思われますか?」
「無論前者だな。大人ぶって澄ました顔でいるが、結局、やりたい事をやれるだけやっている感じがしてならん」
「はい。特にお嬢様はお金やお店に恋をして、それを大きくすることに燃えています。現段階では、それに集中しているのは間違いございません。その情熱の炎が小さくなって安定しない事には、こちらも近付けません」
「面白い考察だ。だが、ソリドゥスの心情をよく見ているとも言える」
アルジャンの説明にレウスは納得し、何度も頷いた。
良く見て、良く知り、良く考察する。それでいて、配慮も行き届いている。任せるにはやはり最適だろうと、レウスは考えた。
「ならば、再度確認しておこう。もし、お前達二人に愛情が芽生えた時、夫婦になることを誓うか?」
「そのときはこちらから告白するでしょう。そうなった場合は、良しなにお願いいたします。もちろん、その時までにこちらの“利用価値”が残っていれば、の話ですが」
「利用価値、か。フフフッ、分かった。では父上、それでよろしいですね?」
レウスの問いかけにダリオンは無言で応じ、その案を了とした。
話はそれまでとダリオンはアルジャンに下がる様に命じると、アルジャンは恭しく頭を下げ、部屋を出て行った。
部屋に残った二人はしばらくの沈黙の後、ついつい大声で笑ってしまった。
「いや~、参りましたぞ、父上。よもやあんなことを思案なさっていたとは!」
「なぁに、“奇貨居くべし”だ。あんな逸材が足元に転がっていようとはな。見出し、開花させたソリドゥスには感謝せねば」
「ええ。先程の答弁も見事でした。あの察しの良さと物怖じしない態度に気付いたからこそ、陛下も破格の好待遇を約されたのでしょうな」
二人とも、アルジャンの才覚については、文句なしの高評価であった。
騒動のあった数カ月でソリドゥスもアルジャンも、以前とは別人なほどに成長し、使い出のある人材へと成長した。
子供は気付かぬうちに成長するというが、今回のはまさにそれだなと愉快でならなかった。
「しかし、本当によろしいので? それこそ、別の弾丸を撃ち込むこともできますが?」
「デナリの事か。それも考えている。なにしろ、ただの召使から、今や次期王妃の側近にまでなってしまった。だから、あの三人の行動に制限をかけずにいるのだ」
デナリは母親が妾であり、庶子としてこの世に生を受けたため、ダリオンからは実子認定をされず、特に母親が亡くなってからは住み込みの召使として扱ってきた過去があった。
しかし、腹違いの妹を不憫に思ったのか、ソリドゥスがその後見を務め、自分の侍女として側に置くようになった。
そのため、ダリオンとデナリの間に、親子の情はない。先程の報告にしても、ダリオンがデナリを褒める事もなく、デナリが嬉しそうに報告を聞く姿勢もなかった。
どちらも事務的な対応に終始した。
だが、デナリもまた、ここへ来て大化けしたと言ってもよい。利用価値があるならば、それ相応の待遇に切り替えるのは当然と言えた。
「ソリドゥスの商人としての熱病が冷めぬのであれば、デナリを実子に認定し、その上でアルジャンと結婚させる。そうすれば、どのみちこちらに取り込める、というところですな?」
「まあ、そんなところだ。行動に制限を加えず、それでいてこちらの制御が効くように首輪をハメるのには、情に訴えかける方がいい」
「ですが、それもまた、情次第かと。アルジャンも言っていましたが、結局は当人次第。友情や腐れ縁が愛情に変わるその日まで、“塩漬け”ですな」
「今後もあの三人は値を上げていく。しばらくは放置でいいだろう。もちろん、こちらの制御の枠内での話だが」
よくもまあ、これほど面白い存在を自家から出したものだと、ダリオンは自らの幸運に感謝した。
あるいは、ソリドゥスの言っていた“幸運の牝馬”が、こちらにも笑顔を振り撒いたのかと考えてしまうほどだ。
「しかし、あれですな。今まで散々、デナリを放置していながら、利用価値が出た途端に掌を返されるとは。いやはや悪党にございますな、父上」
「それをすんなり理解して、止めもしないお前も、十分に悪党だぞ」
「結局、我らも、ソリドゥスも、史上最大の悪徳商人の血を引いているというわけですな」
「ああ、まったくだ。パシーに名を連ねる者は、揃いも揃って大悪党だな!」
しばらくの間、部屋から漏れ出るほどに大きな声で笑う二人であった。
王都の混乱は終息に向かい、やがて新しい時代がやって来る。その波に乗ることも、すでに確約されたようなものであった。
あとはそれを利用し、最大限の利益を得るために行動するだけであった。
そのカギを握るのは、先程の三人であり、どう制御するかを父として、あるいは兄として、もしくは商人としてどうするのかを思案するのであった。
~ 最終話に続く ~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます