第61話  結婚話

 パシー家の屋敷に戻った三人は、早速執務室に顔を出した。


 そこには父ダリオンと兄レウスが待っており、ソリドゥスから“戦果”の報告を受けていた。



「……という感じです。以上で報告、終わります!」



 出資者への報告が終わり、これでようやく一件落着であった。


 そして、レウスからは惜しげのない拍手が贈られた。



「見事だ、ソリドゥス。はてさて、金貨千枚でどう立ち回るかと思ったが、よもやバナージュ殿下とエリザを引っ付けて、その“おこぼれ”にあずかる策であったとはな」



「まあ、正直に言いますと、ここまで上手く事が運ぶとは思ってもみませんでした。こう言っては何ですが、“幸運の牝馬”に助けられたと考えています」


 

「だが、本来なら走る事のなかった馬を、レースに参加させただけでも大した手腕だ。兄として、妹の成長は嬉しく思うよ」



 これはレウスの偽りなき本心であった。


 なにかと騒々しい妹の将来が少し心配であったが、今回の一件で成長ぶりを拝見でき、まず安心できると確信できた。


 間違いなく商人としてやっていけると、自分の中で太鼓判を押した。



「さて、それでは金貨千枚の返済だが、これは私のおごりとしよう」



「え、いいんですか!? やった~♪」



「ただし、分かっているな?」



「はい。お兄様を御用商人に、できれば“御用方五人組”の枠内に捻じ込むよう、バナージュ殿下に催促しておきます」



 言わずとも、即座に察してくれるとはますます頼もしい、そうレウスは思った。まだまだ経験不足は否めないが、それでもこの年でここまでの機微を身につけれたのであれば十分過ぎた。



「まあ、こちらとしても金貨千枚程度で、バナージュ殿下との確たる繋がりが持てるのであれば、はっきり言って安いくらいだ。この件で、お前も相当いただくつもりだろ?」



「ええ、そりゃあもう。お兄様も一度見てくればよかったと思いますよ。殿下の屋敷前にたむろする、有象無象の醜態をね。まあ、こちらとしては誰も持っていない“バナージュ殿下との取次ぎ”なんていう、最高の専売商品を持っていますし、しっかりと売りまくって懐を温めるつもりです」



「怖い怖い。賭けに勝っていればお前を手に入れられたのに、その点では残念だな」



「その代わり、殿下との繋がりを得たのですから、まあ損ではないでしょう」



「まあな。その辺りでは、またお前に話しを持って行くかもしれんが、その際はよろしく頼むぞ。駄賃は弾む」



 ソリドゥスは兄の提案に無言で頷いた。完全独立を目指しているとは言え、まだまだ自己資本が足りていないのも重々承知していた。


 商品を仕入れるにしろ、あるいは従業員を雇い入れるにしろ、どのみち元手は必要であった。


 利益を得るために取引をせねばならず、そういう意味では兄の提案は好都合であった。


 やはりバナージュとのコネは使いようによっては、恐ろしいほどの威力が発揮されるし、それを期待されての今の取引だとソリドゥスは認識した。



「ん。報告は以上だな。ご苦労だった。下がってよいぞ」



 三人からの報告を無言で聞いていたダリオンが、ようやく口を開いた。


 揃って頭を下げ、部屋を出ようと体を翻した。



「ああ、待て。アルジャン、少し話がある。お前は残っていてくれ」



 ここでアルジャンが呼び止められた。


 珍しいなとソリドゥスは思ったが、話の内容は後で聞けばいいかと考え、特に反応を見せることなくデナリと共に部屋を出て行った。


 その場に残ったアルジャンは、二人の前に立ち、改めて姿勢を正した。



「それで、アルジャンよ、お前をここに残した理由は分かるか?」



「ソリドゥスお嬢様を娶れ、ということです。違いますか?」



 即答で、その言葉を投げつけてきたアルジャンに、ダリオンもレウスも目を丸くして驚いた。



「ふむふむ。では、そう考えた理由を述べてみよ」



「はい。自分は庭師の息子であり、ただの使用人です。本来ならば、お嬢様とそう言う話になるわけがありません。そもそも、上流階級において婚儀と言うものは、家と家を結びつけるのが目的で、夫婦とはそうした同盟の象徴となります。その点を考慮しますと、自分とお嬢様が結婚する利点が存在しません」



「そうだな、利点がない。では、なぜそう認識しながら、結婚話になると踏んだ?」



「先頃、陛下より下された勅書により、“枢密院十賢者”への就任が決まりました。暫定的とはいえ、十五、六の小僧が国王により近く、意見具申できる立場となりました。もし、このまま出世を続ければ、それこそ王国宰相すら視野に入ってきます」


 ズカズカと物言うアルジャンの姿は不遜とも取れなくもないが、聞き入る二人は気にも留めなかった。


 それだけの修羅場を潜り抜けてきたという実績と、それに裏打ちされた自信と言うものを感じたからだ。


 これは想像以上かもしれない掘り出し物で、だからこそ本来有り得ないはずの人事を、国王も王太子も認めたのだと確信する二人であった。


「しかし、それは後ろ盾のない庭師の息子にはあまりに厳しすぎる道。そうなるとソリドゥスお嬢様と婚儀を結ぶことにより、自分はパシー家の後ろ盾を得る事になり、宰相への道が開かれるでしょう。パシー家としても、縁者が宰相になるのであれば申し分ないこと。娘の身一つでその状況が作れるのであれば、妥当な“取引”と言えます。ついでに申しますと、お嬢様の持つ“最強の目”を他家に渡さずに済むよう、婚儀に際しては婿養子が最適であり、その条件を呑んでくれる有力株、という条件も判断材料となりましょうか」



 二人にとっては完璧な回答であった。


 ダリオンは想定以上の頭のキレに、ただただ驚くばかりであった。


 レウスにしても、この逸材を見つけて確保した妹の確かな目を、褒める以外になかった。



         ~ 第六十二話に続く ~ 

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