第60話  覆面の下

 開店御披露目式オープニングセレモニーと言う名の官職の誇官を行い、実にご満悦なソリドゥスであった。

 馬車に揺られるその姿は、隠しきれない興奮により、満面の笑顔を浮かべていた。



「ときにお嬢様」



 不意に御者が話しかけてきた。なお、覆面を付けているので、表情は読み取れなかった。



「なにかしら?」



「俺は御者として色々と人を送り向かいしてきましたが、先程の書類を見せびらかしている時、三人のドヤ顔、あれ以上のものを見たことがありませんね。よくまああんな顔ができるもんだと」



「フフフッ、そりゃこれからあいつら全員から貢がせるって考えたら、ドヤッてやりたくなるわよ。ああ、楽しい楽しい!」



「羨ましいことで。俺も一口かみたいもんですよ」



「それはダメ。あなた、今回は全然働いてないでしょ。あ、もう覆面外して大丈夫よ」



「意味はなかったみたいですがね」



 御者は被っていた覆面を外すと、その素顔があらわになった。


 御者をしていたのは、エリザの“兄”であるザックであった。



「ていうか、エリザの奴、完全にこっちに気付いてましたよ、お嬢様」



「みたいね。わざわざ伝言とか銘打ってたけど、『さっさと次の女見つけて、そっちも幸せな家庭を築け』だもんね」



「ああ、本当に幸せそうだったな。いやほんとに、もう少し高値で売っておけばよかった」



 などと自嘲気味に言いつつも、結局は自分の蒔いた種であるし、そこは甘受せなばならなかった。



「それで、エリザには未練はあるの?」



「ないと言えば嘘になりますが、まあ、気の強い女はもうこりごりですな。お嬢様、次紹介するんなら、もう少しマシなのをお願いしますよ」



「あら、エリザは極上だったわよ? 王子様に見染められるくらいには」



「豚肉が苦手な奴相手に、豚の丸焼きで饗応して喜ぶとでも?」



「そりゃそうね。結局は好みや相性よね、食べ物も、人間関係も」



 エリザとザックは気が強すぎて、譲ると言う事ができなかったことが破綻の原因だ。


 その反省を踏まえ、ソリドゥスはエリザの尖った部分を徹知的に削ぎ落し、心に丸みを帯びさせてからバナージュに提供したのだ。


 もっとも、トゲはあくまで引っ込んだだけで、少し気が緩むと飛び出してしまうのが玉に瑕だ。


 王宮暮らしで、さらに大人しくなってくれることを願うしかない。



「んで、ザック、次に紹介してほしい女の人、好みの注文ある?」



「お淑やかで、それでいて奥ゆかしく、知的で、常に旦那を立ててくれるような女」



「うわ、注文多いし!」



「エリザの真逆のでいこうかなと」



「贅沢にも程があるわよ! いくら次の相手を面倒見るって言ってもさ、そんな条件整っている相手なんかいないわよ!」



 エリザの方は片付いたので、次はザックの相手を探してやろうかと思たらこれである。もうしばらく独身の方がいいかもしれないと、ソリドゥスは投げやり気味になった。



「あ、ザックさん、今の条件、割と近い人、知ってますよ」



「お、アルジャン、マジか? 紹介しろよ」



「紹介するも何も、ここに居ます」



 そう言うと、アルジャンが指さしたのは、ソリドゥスであった。



「自己紹介でそんな感じのを、つらつら並べてましたからね」



「勘弁してくれよ。俺にだって、相手を選ぶ権利くらいあるだろう」



「あ~、それもそうですね。失礼しました」



 などと男二人が軽口を叩いていると、当然だがソリドゥスは激怒して、アルジャンの襟首を掴んで、ブンブン振り回した。



「あんたねぇ! なぁに、馬鹿げた事、言ってくれてんのよ!?」



「お嬢様がそう言っていたのは事実ですよ? ていうか、エリザさん同様、メッキが剥がれるのが速過ぎです。開店前に、接客の作法の講習、受けられることをお勧めしますよ」



「やかましい! ほれ、御者! 早く屋敷に戻るわよ! やる事が多くて、無駄口叩いている暇なんかないんだからね!」



 座席に蹴りを入れ、その振動が御者台にまで伝わると、ザックはため息を吐いた。



「お嬢様、あまり乱暴に扱わないでください。後で整備するの、俺なんですから」



「給料分と思って、しっかり励みなさい!」



「給料もらっているのは、お嬢様じゃなくて旦那様なんだけどな~」



「拾ってやった恩義を思えば、安いもんでしょう」



「それについては感謝してますよ。あれから五年くらいになりますか。あの時のおてんば娘が、よもや中身そのままで、大きくなてしまうとは」



 再びここでソリドゥスの蹴りが入った。


 なお、ザックの意見には全面賛成なのか、アルジャンは何度も首を縦に振っていた。



「お嬢様、ここだけの話なんですが、旦那様がお嬢様に婿養子をと考えているそうですよ。あ、情報元は親父です」



「あの庭師め、相変わらず耳聡い。でも、あたしは結婚する気は欠片もないわよ」



「でしょうね。まあ、このまま独立して店舗を構えたら、どうするかにもよりますね。パシー商会の系列店か提携店になるか、それとも資本を含めて完全独立にするか」



「もちろん完全独立よ!」



 ソリドゥスとしては、そこは譲れぬ一線であった。祖父を追い越そうとしているのであるから、祖父の築いた城にいつまでも居候というのは、いくらなんでも甘えと言うものであった。



「そう。だから、借金の件でお兄様と話付けたら、さっさと家を出る支度をするわよ」



「ああ、そうですか。頑張ってくださいね。俺はあくまでパシー家の使用人扱いで、たまたまお嬢様の従者を務めていただけですので、家を出られるのでしたらお別れでございますね」



「なぁ~にが、お別れでございますねよ。当然、あんたも来るのよ」



「では、せめて給金に優遇措置をお願いしたいものです。本来の業務を離れて、無茶ぶりばかりさせられるこちらの身にもなっていただきたいです」



「はぁ~? 私がいつあんたに無茶な仕事任せたのよ!」



 馬車の上、しかも、屋根なしのタイプであると言うのに、お構いなしであった。言い争いを弾音響で撒き散らし、周囲のことなど知った事かと言う感じであった。



「なあ、デナリの嬢ちゃんよ、あの二人、いっつもああなんかい? しばらく見ない間に、前以上に激しくなったように感じるが」



 ザックは前を向きつつ、仕切り板を挟んで背中合わせになっているデナリに話しかけた。どうにもこうにもうるさいことこの上ないが、止めに入れそうにもなかったので、静観を決め込んでいた。



「張り合っているんですよ。ここ最近、特に。アルジャンの奴、十賢者に選ばれたことに、相当焦っているみたいですね。抜かれたって!」



「よく分からんが、結構な高官なんだろ? 俺にはアルジャンがそこまで凄い奴には見えないんだが、雲の上にお住まいの方々は、また違う視点で見ているんだろうな」



 実際、ザックの評価は正しい。普段のアルジャンは徹底的に自分の能力を隠しているので、ほぼ気付けないのだ。


 ただ、気付いてしまった人間は、軒並み高評価であり、レイモン、バナージュがアルジャンに枢密院の席を用意したのは、その潜在能力の高さを見抜いたからに他ならない。


 ソリドゥスもまたそれに気付いている人間であり、そのアルジャンのレベルに合わせて自分も昇華していかなくては、現在の主従関係が崩れてしまうんではと恐れていた。


 言い争いが増えたのも、抜き去られて置いていかれると考える恐怖と、素直に協力を頼めない照れ隠しが、せめぎ合っている結果なのであった。



「ソル姉様、アルジャンの事を高く評価しているし、自分の事業展開には必須の人材だと思ってはいるんですけど、素直にお願いできないんですよね~。もう一歩、歩み寄るか、あるいは色仕掛けでもすれば、面白い展開になるとは思うんですけど」



「くはは。そりゃ面白い。姫と従者のままか、あるいはそれ以上になるか、まだ先行きは見えんな」



「まったくです。どっちも前のめりになっているようで、その実、奥手ですからね」



 なおも続く二人の言い争いにを、デナリはただただ見守るだけであった。



「しかしあれだな。なんか、デナリの嬢ちゃんも雰囲気変わったな。なんかあったのか?」



「私も知ってしまったんですよ、“コウノトリの召喚儀式”ってやつを。ああ、穢れた大人の世界を知ってしまったんです。よもやソル姉様にまでだまされていたなんて」



「いや、まあ、まだ年齢的に早いって思って、適当言って誤魔化していたんだろうよ」



「さようなら、子供だった私。こんにちは、大人の世界に飛び込みつつある私」



 なお、デナリの顔は真っ赤であった。エリザにあれやこれやと教わり、儀式の内容を全部聞いた時は、卒倒しそうになったほどだ。


 聞いた直後は後悔したが、これもまた大人への階段かと割り切ることにした。



「まあ、そうやって人間ってな大きくなるもんさな。なら、その勢いのままに、暇だったら俺と結婚でもするかい?」



「フフフッ、面白い冗談ですね。あるいはもし本気だったら、今の百倍は稼げるようになってから、出直してきましょうね♪」



「デナリの嬢ちゃんも、可愛い顔して言う事過激だね~。なんやかんやで、ソリドゥスお嬢様の妹だって実感するってもんだ」



 ザックは肩をわざとらしくすくめ、馬に鞭を入れて馬車の足を速めた。


 なおも大音響を撒き散らしながら、一行はパシー家の屋敷へと急ぐのであった。



         ~ 第六十一話に続く ~

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