第59話  誇示

 バナージュの屋敷を馬車で出立した三人であるが、ここで物凄く“嫌らしい”行動に出た。


 今やソリドゥスは社交界の注目を一身に集めていた。なにしろ、次期国王に唯一面会ができている存在であり、その発言や行動によって、今後の上流階級の動きが違ってくるからだ。


 ちなみに、先日話した芸術家達への後援者パトロンとしての活動再開は、まだ伏せたままであり、ちょっと小遣い稼ぎをするまで二、三日待っていてくれと、バナージュにお願いしていた。


 そして、その屋敷から出てきたソリドゥスに、人々の視線が集まった。


 昨日は王様までやって来て色々と話したようだが、その情報はまだ表には出てきていない。バナージュが次期国王で確定したとの予想はあるが、周辺人事や今後の活動方針などは、完全に情報封鎖されており、目の前の人々は何も知らなかった。


 当然、その情報を求めて、ソリドゥスとの接触を図ろうとする者は多く、こうして目の前に馬車で通過すると、手を振ったり声をかけたりして、情報を吐き出させようとした。



「うし、御者さん、ちょっと止めて!」



 ソリドゥスの呼びかけに応じ、御者は馬車を人だかりに寄せて止めた。


 今までなら涼しい顔で横を通り抜けるだけであったソリドゥスが、急に寄って来たので当然、人々の注目が更に上がった。


 ソリドゥスはアルジャン、デナリと交互に見やり、そして、ニヤリと笑った。



「せ~の、ドォン!」



 そう言って、三人それぞれが持っていた書類を広げて見せつけた。先程受け取った、任官の勅書であり、それぞれが拝命した役柄と国王レイモンの署名捺印がなされていた。


 当然、その内容に集まっていた人々が驚いた。



「な!? こんな若いお嬢さんが御用方五人組の一人にだと!?」



「そっちのさらに若い娘さんは、次の王妃様の祐筆!?」



「おいおい、少年なんか枢密院十賢者だぞ! この若さでか!?」



 どれもこれも、かなり重要な役職である。


 ここに集まている人々も、ソリドゥスが何かしらの働きがあったからこそ、いち早くバナージュへの謁見が叶い、あるいはその褒賞としてそれなりの金子や役職を貰うと予想する者が多かった。


 国王や王妃の近侍であっても、一般庶民の感覚で言えば大出世である。


 ところが、実際にはそれを遥かに上回る重要なポストを宛がわれており、相当な功績があって、それを国王も王太子も認めて、この一見とんでもない人事が了承されたのだと認識された。


 そうなると、もうこの三人のいずれかに取り入って、次期国王か王妃に取り成しを願うしかない。


 そして、人々は詰めかけた。



「ソリドゥス殿! 以前お会いしたことのあります、ルーデン製粉店の者です! 王宮への納品について、是非ご相談したいことが!」



「こちらネール服飾店です! 次期王妃陛下に是非ともお勧めしたい品がございまして、デナリ殿、なにとぞお取次ぎをお願いしたく思います!」



「十賢者アルジャン様! 私はゲスラー銀鉱山の鉱夫頭です! 新規の鉱山開発について、是非次期国王陛下に提言したい事がありますので、お取り成しをお願いいたします!」



 三人の肩書が分かった途端にこの有様で、次から次へと取り成しを求める人々が、ワイヤワイヤと騒ぎ立てた。


 この状況をソリドゥスは待っていた。窓口が限られている以上、そこに陣取る者の匙加減一つで、どうにでもなってしまう。当然、手早く取引を成立させようと思えば、“心付け”の用意が必要だと思わせればいい。


 あとは、勝手にこうした連中が次々とやって来ては、お礼を置いていく。


 これだけの数の取次ぎをこなせば、かなりの金額になるはずであった。開店のための初期投資を賄うには十分すぎる金額だと、ソリドゥスは試算した。


 その上で、あえてもう少し焦らすことを考えた。


 まず優先すべきは、芸術家達に関すること。これはバナージュ自身の名声に関わるなので、焦らして話がこじれては面倒なことになる。


 そのため、これは即座に動くつもりでいた。あとは、「難色を示していたバナージュを、ソリドゥスが説得して芸術家達との交流再開に切り替えた」という話を広げていけば、芸術家達とのコネを形成すると同時に、ソリドゥスのバナージュへの影響力の大きさを示す指標にすることもできた。


 ソリドゥスに頼めば、バナージュも折れる。それくらいの信頼関係が両者の間にはある。


 これを世間が認識すれば、あとは勝手にソリドゥスの所へ人がやってくる。


 掴み放題の金貨が、向こうからやって来るようなものだ。


 そんな期待を集める中にあって、ソリドゥスはゆっくりと立ち上がり、周囲を見回した。


 欲望が、あるいは焦燥が、ときには後ろめたさが入り混じる、まさに人間模様のモザイク画だ。この荒波を乗りこなしてこそ一端の商人だと、ソリドゥスはようやく商人としての第一歩を踏み出せたのだと実感した。



「皆さん! 私の名前はソリドゥス=パシー! 本日、国王陛下よりの辞令を得て、御用商人の中に名を加えられることとなりました! されど、私はパシー商会に非ず! パシー商会よりのれん分けで独立した“キューピッド商会”の支配人です! 本日は当商会の“開店式典オープニングセレモニー”にお集まりいただきまして、感謝の言葉もございません! 今後ともご贔屓の上、なにとぞよろしくお願いいたします!」



 堂々たる宣言にして、同時に宣戦布告でもあった。


 商人となれば、他の商人は時に同盟して協力し、時に競合して戦う存在にもなるのだ。


 そうした競争社会に自分は飛び込んだ。それを告げたのだ。



「よし! 式典終了! 馬車を出して!」



 見せびらかしが終わったと判断し、ソリドゥスは御者に馬車を出す様に指示すると、御者は馬に鞭を入れて馬車を進ませた。


 いきなりの宣言に呆気に取られる者、あるいは必死で馬車を追いかけて、しつこく取り成しを願う者など、反応は様々であったが、どれもソリドゥスの思惑通りであった。



「さて、早々に店舗にする建物見つけて、そこを拠点に動くわよ。実家にいたんじゃ、交渉がやり難いってもんじゃないしね」



 楽しい楽しい刈り入れの時間がやって来たと、ソリドゥスは最高に上機嫌であった。


 金貨千枚の借金から始まり、紆余曲折を経て、とうとう御用商人にまでなったのだ。借金を返し、さらに店の運営資金を獲得する。金はいくらあっても困ることはなく、これからあの有象無象からがっぽり貢がせるつもりでいた。



          ~ 第六十話に続く ~

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