☆KAC20231☆ 本の鼠賊
彩霞
本の鼠賊
毎週日曜日は、大きな本屋に連れて行ってもらえる日だった。
共働きの両親は常に忙しい。休日は疲れた顔をしていて子どもの出かけたい要求に応えるのはしんどそうだったが、町外れの本屋だけは「行きたい!」というと快諾してくれた。
本を読む子に育てばいいとか、勉強の足しになるだろうとかそういうことを考えてくれていたのかもしれないけれど、今思うと一番の理由は本屋の隣にスーパーマーケットがあったからだろう。
子どもが本屋に行っている間に、自分たちは生活に必要な買い物を済ませる。双方にとって得をする行き先だ。
両親の理由はどうであれ、僕は本屋に行くのが好きである。
買うのは
欲しいマンガを買い終わっても、親がいるスーパには行かず、本屋の探検に出掛けた。
幼児用の絵本を
小学生のときは特定の漫画を買いたくて本屋に行っていたけれど、中学生になると本屋に陳列してある本を何気なく手に取って買うようにもなっていた。本屋は見ず知らずの本と引き合わせてくれるので、未知の世界と遭遇できる場所である。
僕にとって本屋が、特別な場所と自覚してきた中学生のとき。
身長が伸びたこともあって、棚に貼ってある「万引きは犯罪です!」という文字が目につくようになった。あまりいい気分ではない。学校の特別授業でも万引きの話になって、それがどれだけお店に損害を与えているかを聞くようになって、酷い人たちもいるなとは思っていたが、いざ自分がそういう人に遭遇したらどうするかということは全く考えていなかった。
そして僕が中学2年生だった、最後の月。僕は遭遇してしまったのだ。
いつものように日曜日に本屋に行ったときである。参考書を買おうと棚を探していると「カシャ、カシャ」という音が聞こえた。スマホのカメラのシャッター音だということは分かったが、そのときは空耳だと思った。まさか本屋で写真を撮る人などいないだろうと思っていたからだ。
だが、音シャッター音は続いた。「カシャ」「カシャ」「カシャ」。
僕はその音がどこから聞こえて来るか耳を澄ませた。そっと隣の棚の方を覗き込むと、トレンチコートを羽織った女性がこちらを背にして棚の前でしゃがみ込み、何かを撮影している。僕は訝しげに思って、気づかれないようにしながら女性がいる反対側の棚の脇を通り過ぎると、彼女は膝に本を載せ中身をカメラで撮っていたのが見えた。
僕はごくりと唾を飲み込んだ。
店内は広く人がまばらだとはいえ、白昼堂々と本の中身を撮影しているなど信じられなかった。しかも棚を見てみると「保育士資格」と名前が付けられている。もしかすると女性は、保育士の資格を取るために参考資料の中身を撮影しているのかもしれないのだった。
店員さんを呼んでこなくちゃ。
僕は思った。
だがすぐにそれを止める気持ちが出て来る。
――もし店員さんを呼んだとき、この人がもう撮影を終えていたら?
――本の中身を撮っていたんです、といって店員さんに信じてもらえるだろうか?
――彼女のやっていたことを伝えたとして、女性の方が「そんなことしてません。濡れ衣です」としらばくれるかもしれない。そうなったら、僕の方が悪者にされるんじゃないか……?
結局僕は、見て見ぬふりをしてその場を去った。
ヒーローものの漫画を読んだとき、「見て見ぬふりをした者も、同罪だ」と書いてあったことがある。僕は今、それをしたのだと思った。
だけど下手に関わって
大人になった僕は、今もたまにそのときのことを思い出すけれど、あのときどうすればよかったのか分からないままだ。
物語に出て来る主人公たちはキラキラしていて、正義を全うするけれど、現実はそう簡単じゃないと思った。唯一僕ができることは、もし彼女が保育士の資格を取ろうとしているのならば、受かりませんようにと願うことくらいだ。本屋で平気で写真を撮って本の中身を奪っていく
その女性にも色々事情があるのかもしれない。お金がないのかもしれないし、図書館に行けばいいといっても行けない事情があるのかもしれない。でもだからと言って、本の中身を盗むことはやってはいけないことだ。
あれ以来、白昼堂々と写真を撮る人は見たことはないけれど、二度とないことを僕は祈っている。
(完)
☆KAC20231☆ 本の鼠賊 彩霞 @Pleiades_Yuri
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