本屋の星

ケーエス

📚




 本でできた星があるという。そこにいけば無限に存在する本を読み漁ることができる。そして気に入れば購入して持ち帰ることができるという。その噂を聞いて誰かが言った。


「まるで星自体が本屋みたいだな」


 そういうわけでその星は本屋の星と呼ばれているそうだ。


「ねえ、行ってみない?」

「行く。行く。めっちゃ面白そうじゃん」

 マチコに誘われて俺はすぐに承諾した。本屋の星。無類の本好きで、外出の帰りに各地の本屋をチェックしている自分にとって夢のような場所だ。考えるだけで胸がワクワク熱くなってくる。そこにはどんな物語があるのだろう。どんな事実があるのだろう。どんな考えがあるのだろう。読書は他人の想いにアクセスしてそれらを自分のものとして感じ取ることができる。思いもよらない発見があったりして、本を閉じたときには自分の中に違う世界が広がっている。自分が細胞みたいに組変わっていくこの瞬間がたまらない。もちろん電子書籍もいいけれど、直接本を手に取り買えるのは本屋だけだ。


「じゃあ来週の土曜日、駅に集合ね」

「おう!」

 俺はマチコと別れて帰路に着いた。思わずスキップしてしまいそうだった。心の中でガッツポーズを何回もした。もう、楽しみだ!



 📚



 1週間後、出発の日。なんと俺は約束の30分前に駅についてしまった。どんだけ待ち遠しいんだ俺。自分が面白おかしく思える。昨日も全然寝れなかったし。まだ半分起動していない頭を起こすようにスマホのブルーライトを浴びせる。ううん、やっぱり眠たい。

「あ! コタロー!」

「お、おう」

 マチコがやってきた。いつもより装いがしっかりしていて綺麗な気がする。

「気合入ってんな」

「うん。旅行だからね!」

「あれ?」

 俺はマチコをまじまじと見た。

「キャリーバッグは?」

「え? ないけど」

「え? 星に行くんだろ?」

「日帰りだよ」

「日帰り? 星まで行くのに?」

「うん」

「どゆこと?」

「まあまあ、行こうよ」

「おいちょっと待てって」

 俺の制止を振り切って、彼女は駅に入っていく。俺は慌ててキャリーバッグを引いていく他なかった。


 📚



「A電車に乗って、次B電鉄」

「え? ロケットは?」

「ないよ」

「星に行くのに?」

「うん」

 A電車の車内でマチコは平然と言い放った。

「お前ハメた?」

「ハメてないよ」

「ハメただろ」

「ハメてないって」

 マチコはいたって真剣な表情だ。

「嘘だと思うならこの電車降りれば」

「そんな言い方ないだろ」

「嘘じゃないからね」

「本当かよ」

「本当だよ」

 マチコの表情は変わらない。

『××~××~』

「あ、乗り換えだ」

 マチコが降りていく。ここまできたら仕方ないので俺も降りることにした。


 📚


 本屋の星が本当にあるのか、その可能性はほぼゼロに思われた。民間宇宙旅行が一般的になった現在だとしても、ロケットやシャトルに乗らない限りは宇宙にはいけない。マチコはいったい俺をどこに連れて行こうとしているのだろう。

「弁当食べる?」

「勝手にしろ」

 ギュルル。お腹が鳴った。マチコが笑う。山に向かう特急列車の中で俺たちは駅で買った弁当を食べた。当たり前だが、食べるとやはり眠たくなってくる。星が無さそうであるという不満足感、弁当が美味いという満足感、絶妙な睡魔が溶け合って少しずつまぶたが降りていった。



 ★



 本屋の星は存在した!

 目の前を飛んでいるのは紛れもなく本だ! 本のページがちょうど鳥の翼のように開いて動き、宙を舞っている。地面には小指にも満たないサイズの小さな本が列を成して歩いている。

「うわ!」

 よく見てみたら草木も幹から葉の一つ二つまで本でできている。地面もそうだ。ハードカバーやら辞書やら重厚な本によって地面が敷き詰められているのだった。

「お! コタロー!」

いきなり後ろから肩を叩かれてびっくりした。後ろを振り向くと、

「うわ! あ、なんだマチコか」

「何その言い方ー」

「いや本でできた人間が現れたのかと思って」

「あはは」

 マチコは笑った。

「それだと読者がいないじゃん」

「確かに」

 俺も笑った。


 しかし、目の前の光景は信じられないものだった。先ほどまで電車で寝ていたはずなのに。本屋の星は本当にあったというのか、それともここは夢か?


「なあ」

「見て! 書いてあるよ!」

 マチコが葉っぱの本をちぎりとって、開いた。なるほど確かに文章が書かれてある。

「すっげー。他も読めるのか?」

「当たり前じゃん。本屋の星なんだから」

「まあそうか」

 まだこの世界に半信半疑なものの、本があれば読みたくなるのが性だ。俺たちはしばらくそこら中の本を読み漁った。ここなら立ち読みし放題だ。でも読んでいる間、違和感に気づいた。


「なあ、マチコ」

「うん?」

 マチコは寝そべって海外文学を読んでいた。

「本屋なんだからさ、店員とかいてもいいんじゃねえの? あと本に価格とかも書いてないしレジも無いし」

 なんだか少し不気味だ。

「そうかなあ」

「いやそうだろ、ここは図書館じゃなくて本屋の星なんだろ? よく考えたら変じゃないか」

 ぽけーっとしているマチコに若干腹を立てていると、後ろから

「お客様」

 と野太い声がした。振り返ると長い髭を左右に伸ばしたおじさんが立っていた。エプロンをしているから店員だろうか。

「料金を頂きます」

「料金?」

 何も買ってないのに?

「おいくらですかあー?」

「おいマチコ」

「9800円です」

 店員は右手で髭をなでつけながら左手で伝票を出してきた。伝票には「立ち読み料」と書かれてある。

「いや、立ち読みだけで金取るってどういう――」

「お客様はそうですね、軽く10冊は読んでいらっしゃるようなので10冊分、9万8000円お支払いいただきましょう」

「そ、そんな無茶な」

頭が混乱する。「な? マチコ?」と救援を頼むも、

「私そんなに持ってません、どうしたらいいですかあ?」

とマチコは言うばかり。

「は、払う気かお前?」

 マチコはいたって払って当たり前の顔をしている。コイツ正気か?

「払えないのでしたら命を頂きましょう」

「命?」

 店員はほくそ笑んだ。

「本は筆者の知識と発想の結晶。この星にある本は全てそうです。あなたたちもそうなっていただきましょう」

そうなっていただく?

「は?」

 本になる、ということは俺たちが読んできた本って実は全部……。恐怖が一気に体を巡っていった。

「マチコ! 逃げるぞ!」

「え? どうして?」

 手を掴むもマチコは動こうとしない。

「どうしてって! お前本にされるぞ!」

「し、新刊に?」

「言ってる場合か!」

 俺は強引にマチコをひっぱり上げて走りだした。マチコも走りだした。

「お客様、待ちなさい!」

 後ろには店員が追いかけてきている。おじさんのくせに地味に早い!

「それえ!」

 店員の掛け声と共に、空が一気に本の雲に覆われだした。

「なんだなんだ?」

 本の雲から落ちてきたのは栞の雨!

「わあ、綺麗」

「言ってる場合か!」

 さすがにここまで大量に降ってくると少し痛い。あと前が見えない。

「ああ!」

 マチコが転んだ。

「大丈夫か!」

「お客様!」

 まずい、追い付かれる! 周りを見渡した。地面に落ちているこれは辞書? 元は石だろうか? 関係ない。こいつを持ち上げて、重い! そりゃ辞書だけどそれにしてはだな。

「それ!」

 力一杯投げつけた! 命中! 本の角が見事に店員に突き刺さった。

「うう!」

 店員は大の字になって倒れた。

「よし、今のうちに逃げよう!」

しかしマチコはまたしても動かない。いったい今度は何だ?

「私このままでもいいかも」

「え?」

「本になってもいいかも」

「は?」

 マチコの目がうつろになっている。この世界の本を読んでおかしくなったか?

「ここなら永遠に本が読めるでしょ?」

「いやそうだけど、本になったら本を読めないだろう」

「あ、ほんとだ。逃げなきゃ!」

 マチコはやっと我に返って立ち上がった。洗脳は軽かったみたいだ。少し安心。

「お客様……」

「やべっ」

 店員が目を覚ました。俺たちは顔を見合わせて頷き、走り出した。


「そういやマチコ、ここどうやって出るんだ?」

「うーん、わかんない」

「はあ!!!???」

「だってわかんないんだもん」

 詰んだ。いつまでもこうして走り続けるわけにはいかない。俺たちはこの本屋の星で新刊になる運命なのだろうか。俺はまだ自分の物語を紡いでいたいんだ。そんな結末、読みたくない。とにかく俺たちは走った。走り続けた――。



 ★


「コタロー!」

 マチコの声だ。ゆっくり目を開けると電車の中だった。

「なんだ夢か……」

「夢じゃないよ!」

「え?」

「これ」

 マチコの手に載っていたのは栞だった。あの大量に降ってきた栞だ。

「ほらあったでしょ」

「マジか」

 本屋の星は存在した。


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本屋の星 ケーエス @ks_bazz

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