飲み込みすぎた煌めき

「アホ!」

 兄はボクの代わりに捕まり、ボクが兄嫁の待つ家へと帰った。兄嫁は「アホ、アホ!」と繰り返しつつ、ボクを抱きしめてくれる。ボクがアホなのは周知の事実だから否定できない。兄はアホではないのでボクが兄になりきるのであれば、否定したほうがいい。

「早う連絡しいや……」

 あれから彼女は、自ら進んでXanaduへと向かっていった。ボクがいくら引き留めようとしても、聞く耳を持たずに。あのあとは、何も言わなかった。ボクは人の心が読めるような特殊能力をもっていないのだから、言われなくちゃわからない。他の人の気持ちを慮るのも、昔から苦手だった。

 回収された彼女は、ボクの所在を聞かれて「シノバズ池に沈めました。そこになければないですね」と答えたらしい。携帯端末で知った。なんてことを言うんだ。おかげでありもしない遺体を引きあげるべく、捜査員がシノバズ池を捜索しなくてはならなくなり、ボクは死んだことにされてしまったので行き場をなくしてさまよっていた。

 どういう意図があって、そんな証言をしたのかはわからない。オルタネーターは人を殺めないとされていたから、世の中のオルタネーターへの風当たりは強くなった。虚偽の申告により殺人犯となった彼女は、早々に処分される。このせいで、発言の真意は聞き出せなくなってしまった。

 回収されたオルタネーターは、分解されて、缶詰に加工される。『オルタネーターは人間ではないので、いわゆる人肉食には該当しない』というのがXanaduの責任者にして、彼女のような第三世代のオルタネーターを開発した五代英伍ごだいえいご氏の主張だ。人間が今まで通りの日常生活を継続していくため、人間の代わりに働き、人間の血肉となる。代替品偽物の彼女が、ボクに託した最後の言葉を反芻した。あれが、彼女の本心だったとしたら。

 程なくして被害者のボクの情報が出回り、世間はボクを小児性愛者と蔑んだ。彼女が小学校二年生の頃の美世ちゃんとそっくりだったから、こんなことになってしまった。余計に「実は生きてましたー」と出て行きづらくなる。うちはボクと彼女という職人を同時に失ってしまったからか、シャッターは閉まったまま。おそらく母親が、ネット上で「休業」と強がった。ボクと彼女を抜きにして、どう切り盛りしていくつもりなんだ。父親も引退して久しいのに。


 そんな中で、兄がボクとして出頭したのだ。死んだものとされていたボクのお出ましで、風向きが変わる。兄は頭の回転も早いし口がうまいから、どんな罪を被せられたとしてもそこまでの重罪人にはならないだろう。ボクは兄嫁からそっと離れた。

「シゲくんがあんな言われ方して、悔しくなったんはわかる。わかるけどな、ウチはあんたに何かあったらどないしようかと!」

 兄は、どれほど前にここから飛び出したのだろう。何か言ってやろうと思い「心配かけてすまんな」の言葉にたどり着く。

「あんたは、あんたが実家に連れてったあの女オルタネーターのせいで、全部おかしくなった言うとったやん。連れて行かなきゃよかった言うてな。これであの女はおらんくなったやんか」

 何を言い出すかと思えば、もう取り戻せない彼女を悪く言うもんだから「あの子は悪くない!」と声を張り上げてしまった。兄嫁に対して、兄は、彼女の存在で『全部おかしくなった』などと言っていたのか。

 どこがどうおかしい?

 彼女が一生懸命働いてくれていたから、うちはやっていけていた。彼女がいなくなったから、もうおしまいだ。彼女が中心にいる。あの店を支えているのは、彼女になっていた。本来ボクが立つべきところに、彼女は立って、周りの人間に影響を、――その彼女がいなくなったんだ。彼女のほうから、いなくなった。

「なんや。出る前とちゃうやん。頭打ったんか?」

「……少し休ませてくれ」

「せやな。休んだほうがええな」

 兄のいなくなった空間に、ふらふらと近づいて、ボクは入り込もうとしている。しかし、ボクは兄とは違う人間だから、兄のようには振る舞えない。いずれ兄も戻ってくるだろう。兄はボクの振りをし続けるのか。それとも、全てを明るみにして、ボクを攻撃するのか。わからない。

 彼女が現れる前の日常には帰れない。帰りたくとも、帰るべき場所はなくなってしまった。となると、ウナギを美味しく焼けるのボクは、どこで生きていけばいいのだろう。兄嫁のご実家は関西の文化で、雇ってもらえるとは思えない。顔見知りの他の店が、悪評のついたボクを拾ってくれるような、都合のいい話はあるだろうか。生きていくだけなら、国から必要最低限の金が支給される。しかしそれで生かされていて、ボクは幸せなのか。


 ***


 煌めきを飲み込んでしまって、内側から煌々と輝く。

 消化しきれないものは吐き出すしかないから、こうして吐き出しておくのだ。

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飲み込みすぎた煌めき 秋乃晃 @EM_Akino

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