好天

 9回裏2アウト。

 最後の攻撃が始まる。


 ここを防げば勝てる。

 ここを防がなければ、負ける。


 昨日までの俺は、どちらでも良かった。

 終わりさえすれば、自由になれると思っていた。


 今は違う。


 高いところから照らしてくれる光だって、仲間の声だって、みんな味方だったんだ。


 目も耳も塞いで、何をやっていたんだ。

 そんな俺に対して、必死になって叫ぶ仲間がいるんだ。

 俺もそれに答えたい。


 耳ん塞いで声を拒否していた俺に、空気の振動で気づかせてくれる。


 打たれた球は高く、そして鋭く飛んできた。


「伸びるけど、ホームランじゃない!」


「お前なら取れる! ‌走れ!!」


 会場に声援が飛び交う中で、仲間の声だけがクリアに俺に届いた。

 曇りが晴れた目を開けると、高い軌道を描きながら迫ってくる光が見えた。

 心が晴れきっていなくても、光は導いてくれている。

 目を開けて、きちんと受け取るんだ。


 あんなに練習したんだ。

 もう、迷わない。


 立っているだけではダメだったんだ。

 その場に留まることは、俺の意志では無かった。

 すぐに走り出さなきゃ!


 希望は必ずやって来るんだ!


 迷わず俺は走り出した。

 自分の意志で。仲間を信じて。必ず取れる。


 進んだ先に、必ず希望はやって来ると信じて。

 仲間が導いてくれるんだ。


 無我夢中でバックへ走り、そのままの勢いで体を宙へ投げだした。

 思い切り手を伸ばして。


 宙へ浮く体。


 勢いよく飛び込んだおかげで、滞空時間がとても長い。

 羽なんて生えてないのに、空を飛んでいる気がした。


 飛んでいる一瞬の間、走馬灯のように今までの野球人生が思い出される。

 この日のためにずっと練習してきた。

 高校に入ってからも朝から晩まで、この夏の戦いのためにやってきたんだ。


 仲間と一緒に。

 仲間たちの顔が思い浮かんだ。

 仲間たちの笑っている顔。


 俺が飛んでいる間に、希望は俺の手の中へとやってくる。


 いつもそうだ。


 希望は、重さを感じない。

 手の中に入っても、希望とわからないから、いつも逃がしてしまう。


 ずっと求めていたもの。

 必ずここにある。


 空中で、何も感じられない左手を思いきり握り締める。

 光を掴んだのか掴んでいないのか、定かではない。

 どちらかわからなくても、握り締め続けるんだ。

 信じ続けるんだ。


 飛んでいた体は、勢いよく地面へと落ちた。


 地面に着いた瞬間、体から嫌な音が聞こえた。

 けど、そんなものはもう関係なかった。


 地面に体を付けて手の中を見ると、今まで感じられなかった希望を感じた。

 いっそう力を入れて、強く握りしめた。


 希望を手にした俺は、仲間たちが駆け寄るよりも先に立ち上がり、仲間の元へと走り出していた。


 今まで空を覆っていた雲が晴れて、空から降り注ぐ光で仲間の笑う顔がはっきりと見えた。

 仲間は、ずっとそばにいたんだ。


 もう俺にとっては、勝ち負けは関係なかった。

 どちらにしても、高校野球はここまで。

 心を覆っていた雲が全て無くなった気がした。

 ‌仲間と共に歓喜の声を上げて、喜び、笑いあった。


 自分たちの声よりも大きなサイレンによって、夏の終わりは告げられた。

 これで、囚われていたカゴが開けられたんだ。


 これから先は、本当の自由。


 このカゴから飛び出して。

 ‌これから自分の進む道は、自分で決めることができる。


 甲子園で戦った

 出場できた試合は、初戦の一回と、最後の一回。

 それだけのことだったかもしれない。

 けれど、それでいいんだ。


 野球に捧げてきた高校生活。

 残りの高校生活が短いことは知っている。


 けど、曇りの晴れた心で、仲間たちと心から笑える日が来る。

 そう思うと、勝敗以上に嬉しさが込み上げてきた。


 野球とは離れたところでも、グラウンドでは無いどこかでも、たくさん楽しい笑い声をあげよう


 飛べない体だって、少しくらいは満喫できるだろう。

 大きな声で笑っていれば、狭いグラウンドの中じゃなくたって仲間が答えてくれる。


 夏の後には、秋が来る。

 冬の後には、春が来る。


 いつまでも生きている蝉はいない。

 終わりが来るその時まで。


 仲間たちと。

 自由に笑おう。


 春が訪れる、その時まで。




 了

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七日 米太郎 @tahoshi

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