涙がとまらない

香久山 ゆみ

涙がとまらない

「家を出て、満員電車に乗って。会社にどんどん近づくにつれ、涙が溢れてくるんです」

 赤い目をしたハルナが眉を八の字に下げる。

 後輩のハルナをランチに誘った。食後のコーヒーが出たところで、最近どう? と訊いた答えがこれだ。「もう、つらくて……」ハルナがか細い声を出す。――やっぱり――先輩であるチグサは小さく息を呑む。だからランチに誘ったのだ。最近元気のないハルナの話を聞く機会を設けるために。けれど、思ったより重症のようだ。なんとか心の病が重くなる前に手助けしてあげられればいいのだけれど。

「……原因は?」

 チグサが尋ねる。昨日杉山課長に理不尽に面罵されたせいだろうか。それともお局の桐谷女史にいじめられたせいか。それとも。

「……スギ……です……。ぐす」

 消え入るような声でハルナが鼻を啜る。やはり杉山課長か、あのパワハラ男め。

 ハルナはこの春で入社二年目。仕事にも慣れたこの時期が一番危ない。責任ある仕事や後輩指導なども任され、重圧を感じてもいるだろう。五月病にはまだ早いけれど……。

「なにか、私にできることある?」

 チグサが言うと、ハルナが赤い目で訴える。

「あの……、早くここを出ませんか」

 確かに。会社に近い店のオープンテラス席を選んだのは失敗だった。ほころび始めた桜でも見れば気持ちも和むかと思ったのだが、やっぱり個室のある店にすればよかった。チグサは後悔した。ハルナの充血した目からは今にも涙が零れそうだ。

「思っていたより重症ね……」

 つい呟いた言葉を、ハルナが捉える。

「……はい……。早く会社に戻りましょう」

 ハルナの健気な台詞に、いじらしくなる。

「いいわよ、少しくらい遅くなったって。もう少しこの辺をぶらぶら散歩してから戻りましょう」

 チグサの提案に、ハルナはまた眉を八の字にして、くしゃりと情けない顔になる。

「いえ、先輩、マジでもう勘弁してください。本当に花粉症がひどくて……。くしゅん!」

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