KAC20234 カクヨム誕生1000周年

無月兄

第1話

 カクヨム誕生1000周年


 時は西暦3016年。カクヨム誕生から、実に1000年という時が流れた。


 はじめは、数ある小説投稿サイトの中の一つという位置付けにすぎなかったカクヨム。だがこの千年の間に、ユーザーは劇的に増加し、一般の人々の生活にも深く浸透。いつの間にか、この世界になくてはならない存在となっていた。


 その結果起こったのが、カクヨムの神格化だ。

 マスコットキャラクターであるトリさんは、小説の神の化身とされ、トリさんを御神体として祭ったカクヨム神社が建立されたのが、カクヨム誕生から300年後のこと。

 トリさんは神様に。そして、毎年3月に行われているカクヨム誕生際は、本物の神事となったのだ。


 そして誕生から千年という節目のこの年。カクヨム誕生祭の目玉であるKACは、それにふさわしいとんでもない企画を用意した。

 それが、これだ。


『今年のKACは千個のお題を出します』


「ふざけるな!」


 それが、この企画が発表された時の俺の、いや、みんなの感想だった。

 俺はカクヨムのヘビーユーザーの一人。当然今回のKACも参加する気満々だったが、これは無理だ。


 一応知らない方のためにKACの説明をしておくと、一ヶ月の間に、カクヨム公式が順次出してくるお題に基づいた作品を投稿するというキャンペーンだ。

 ただし、一ヶ月の間にお題が10個も出た場合、一つのお題にかけられる時間が2〜3日しかなく、全てこなすためにはとにかく高速で作品を書き続けなければならないというとんでもない企画である。

 そのため、狂気の祭典だの、日常生活ブレイカーだの言う者も多かった。


 しかし、今回はそのお題の数が千! 当然、KACの開催期間は一ヶ月だ。


 こんなの無理に決まってるじゃないか。一ヶ月に千個の小説を書けって、不眠不休で書き続けても、一作に使える時間は45分くらいしかねーぞ。そんなペースで書けるか。途中寝たりしたら、その時点でアウトだ。そんなのが一ヶ月も続くなんて、できるわけがないだろう。


「公式、何考えてんだ。こりゃ、今年のKAC参加は無理だな」


 そう言いながらも、一応企画の概要を読んでみると、こんなことが書いてあった。


『今回は千周年記念ということで、皆勤賞にすっごいものを用意してみたよ。なんと、賞金は一千万円だ!』

「いや、皆勤賞なんてとれるやついねーから」


 KACには、全てのお題に参加した人に送られる、皆勤賞という賞がある。賞と言っても、どんな作品であれとにかくお題にあった話を投稿すればいいので、比較的ハードルが低いものではある。普段なら。

 だが、今回はハードルが爆上がりだ。って言うか、一ヶ月に千作投稿なんて、できるやつがいるわけない。どうせできるやつなんていないんだから、賞金が一千万円だろうと一千億円だろうと同じことだ。


 もうこれ以上見ても仕方ないか。

 だがその下に、さらにこう書いてあるのに気づいた。


『皆勤賞の商品はそれだけじゃないよ。なんと、今回のKACで投稿してくれた全ての作品を一作の本にまとめて書籍化しちゃいます』

「しょ……書籍化だと?」


 その瞬間、俺の心が動いた。

 書籍化。それは、カクヨムユーザーなら誰もが一度は夢見ること。俺だって、いつかはコンテストで受賞して、あるいは拾い上げで、自らの書いた作品が本になってほしいと願っている。

 だが現実は厳しく、今のところそんな話は全くきていない。

 しかし、しかしだ。これで皆勤賞さえとることができたら、そんな俺の小説が書籍化される。これは、一千万円よりも嬉しいかもしれない。

 もちろん、それが険しい道だというのはわかってる。たった今、無理だと思ったばかりだ。だがこれは、夢に見た書籍化のチャンスだ。賭けてみる価値はある。

 狙うぞ、皆勤賞!


 決心した俺は、翌日仕事を辞めた。

 だってそうだろ。さっきも言ったが、一ヶ月に千個の小説を書くとなると、一作に使える時間は45分くらいだ。もちろん、昼夜を問わずに書き続けてそれだ。そんなの、まともな仕事についてる人間にできるわけがない。

 おかげで無職になったが、書籍化のためにはしかたないことだ。


 次に、栄養ドリンクを大量に買った。一ヶ月間不眠不休で書き続けなければならないから、むりやりにでも力をつけないとどうにもならん。

 栄養ドリンク程度でどうにかなるかは知らんが、あとは気力でカバーだ。


 そして、いよいよやってきた、KAC開始当日。早速、一つ目のお題が発表された。

 なかなか難しいお題だったが、こっちもそんなの覚悟の上で挑んでるんだ。パパッと書いてクリアしてやった。

 それからまもなくして、二つ目のお題発表。つまりそれは、一つ目のお題の締め切りがきたということでもある。締め切りまでの時間がこれだけ短いと、クリアできる人も少ないだろうな。今さらながら、この企画おかしいだろ。


 なんて思いながらも、俺は二つ目のお題もクリアした。決して簡単なことじゃないが、この時のために、アイディアの瞬発力と早く書くのを鍛えていたんだ。

 なんだ、意外といけるじゃないか。順調なスタートを切った俺は、そんなことを思っていた。

 この後に待っているであろう地獄からは、目を逸らしながら。






「はぁ……はぁ……さすがに、きつくなってきたな」


 KAC開始から、24時間が経過した。出されたお題の数は、既に30を超えている。もちろん俺は、その間一睡もすることなく書き続けていた。

 当然眠いし、体力的にも辛い。だが、これでもまだ1日目。こんなのが一ヶ月続くのかと思うと、気が遠くなってくる。


「いや、弱気になってる場合じゃない。なんといっても書籍化がかかってるんだ」


 自らを鼓舞するように呟き、気合いを入れ直す。

 それに、同じような気持ちで頑張っている奴らは、きっと他にもいるはずだ。俺だって負けてられない。


 ちなみに、カクヨム関連のスレッドを見てみたら、現時点で皆勤を続けているのは、ほんの数人しかいないそうだ。やっぱりこの企画、あまりにも過酷だよな。




「無理。死ぬ。もうダメだ」


 KAC開始から、一週間がすぎた。

 なんとか俺は、未だ皆勤を続けている。不眠不休で、お題に合った小説を投稿し続けている。だが、もうほとんど限界だった。

 口を開けば出てくるのは弱音ばかり。体力も底を尽き、意識が朦朧としている。栄養ドリンクをガバガバ飲んでいるが、そんなものは焼け石に水だった。いつ倒れても、いや、いつ死んでもおかしくないかもしれない。

 しかも、これでもまだKAC全体の四分の一も終わっていないんだ。絶望するには十分な状況だ。

 ちなみに、現時点で皆勤しているのは俺一人らしい。他のチャレンジャーたちは、全員一週間と持たずに力尽きた。無理もない。


 だが、だからこそ、最後の砦である俺が挫けるわけにはいかない。

 カクヨム関連のスレッドを見ると、唯一残った皆勤者である俺に対して、頑張れや負けるなといった応援の声もあった。

 みんな、ありがとな。今にも死にそうなくらい辛いけど、もう少し頑張ってみるよ。




「トニカクカクンダ、トニカクカクンダ、トニカクカクンダ……ショセキカ、ショセキカ、ショセキカ…………」


 KAC開始から半月。後から振り返ると、この頃、俺の心はとっくに壊れていた。

 眠いとか辛いとか、そんな余計な感情は全てなくなった。ただ、出されたお題をこなす。それだけのマシーンに成り果てた。


 おかげで、なんとか今も皆勤は続けている。

 ちなみに例のスレッドでは、そんな俺に対して、怖いとか化け物とかいう言葉が飛び交っていたらしい。だが、当時の俺はそんなもの見る余裕もなかった。とにかく書く。ただそれだけだった。

 これも、全ては書籍化のためだ。




「トリさん、僕はもう疲れたよ……」


 いよいよやってきた、KAC最終日。いや、夜12時がすぎた今、既にそれは昨日の出来事になっていた。

 この日、1ヶ月ぶりに家から出た俺は、夜の街で倒れていた。


 夜空のむこうから、カクヨムのマスコットキャラクターであるトリさんが降りてくるのが見える。

 最初に説明した通り、今の時代、トリさんは神の化身となっている。きっと、力尽きた俺をお迎えにきたのだろう。いや、もしかすると、KAC皆勤を達成したのを祝福しにきたのかもしれない。


 そう。とうとう俺は1000個のお題全てを書き上げ、KAC皆勤を果たしたのだ。どうやったかなんて聞いてくれるな。気力と体力の限界をいくつも突破し、とうとうやったんだ。

 もちろん、タグの間違いや付け忘れなんてベタな失敗もなしだ。

 祝いをかねて、散歩がてら近所のコンビニに何か食べるものをと買いに行ったところで、体力の限界がつき、倒れ、今に至るというわけだ。


 倒れた俺の耳元で、トリさんが囁く。


「おめでとうトリ。これで君も書籍化作家トリ」


 トリさんって、語尾にトリってつけるんだな。そんなキャラ設定だったなんて、知らなかったよ。


「正直、本当に皆勤をとる人がいるとは思わなかったトリ。めちゃめちゃドン引きしてるトリ」


 やっぱりそうだったか。今さらながら、誰だこんなとち狂った企画を立てた奴は。

 けどそうなると、書籍化の話はどうなるんだ。


「それでも、約束は約束トリ。ここで書籍化はなしなんて言うと何されるかわからないから、叶えてやるトリ。あとで公式から連絡がくるから、詳しい打ち合わせはそこでするトリ。ばいばいトリ〜」


 そう言って去っていくトリさん。

 ああ、よかった。なにはともあれ、これで俺も書籍化作家だ。


 そう思ったとたん、プツン緊張の糸が切れた。

 一ヶ月もの間一睡もすることなく書き続けた代償だ。俺の意識はそこで途切れ、深夜の街に一人放置される。

 だが後悔はなかった。念願の、書籍化作家になれるのだから。





 その後俺は、病院に担ぎ込まれ、半年間意識不明のまま生死の境をさまよった。

 なんとか一命を取り留め、目を覚ました後にスマホをチェックすると、カクヨム公式からメールが届いていた。

 書籍化の打ち合わせに関してのメールだ。


 カクヨム公式からのメールは、それだけじゃなかった。

 俺があまりに長い間返信をよこさないから

 、困っているとのこと。指定された日までにまでに返事がなければ、書籍化の話はなかったことになるとのこと。そして、指定された日が来て、書籍化の話が無効になったというものだった。


 みんな、カクヨム公式からのメールは、いつでもチェックや返信ができるようにしような。

 でないと、死ぬほど悔しい思いをするかもしれないぞ。

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KAC20234 カクヨム誕生1000周年 無月兄 @tukuyomimutuki

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