マジカル・エボリューション! #4 ★助けるって約束したもん!★

埴谷台 透

マジカル・エボリューション! #4 ★助けるって約束したもん★

 メイリン・グランフィールドの住む家ではいつもの日常がおくられていた。

 メイリンは25歳になってようやく大人びてきた。

 子供っぽい可愛らしい雰囲気が減った分、なかなかの美人さんに見える。

 口癖の「なのだ」は意識しているのか、だいぶ口にしなくなってきたのも影響しているのであろう。

 まあそれは外面そとづらだけである。

 例えば学園時代からの友人のエリオット・ディアマンテスと二人っきりになるとかなり乱暴な言葉遣いになるのだが、それはいったいどういうことなのか。

 変わらないのはおでこ丸出し、二本の三つ編みと癖っ気の強い赤毛、そして金色のカチューシャである。

 その上やっていることも全く変わっていない。

 どう見てもからくり造りに飽きる日が来るとは思えなかった。

 その日も大工のような格好にエプロンをして、大きな蔵でなにかゴソゴソとしている。

 その蔵は2階建てのはずであったが、2階の床は全て取り除かれて、その扉も高く幅広いものになっていた。

 それは今メイリンが夢中になっている『モノ』のせいなのだ。

 彼女が『魔力駆動二足歩行機マジカル・バイペダルマシーン』と名付けた巨大なからくり人形を収容し、蔵の中と外を行き来させるために大改造したのである。

 『ソレ』は内部の機械を守る為の装甲がつけられ、むき出しであった操縦席も胴体部分に格納されるようになっていた。

 頭部には一本の角のようなものが取り付けられ、全体を見てみると鎧兜をつけた重装戦士のように見える。

 左腕には何やら怪しい装置がついており、それと身体のあちこちから飛び出ている排気用の筒が更に威圧的な様相をかもし出していた。

 そして蔵の中には驚くべき事に、もう3体分の骨組みが収められていたのである。

 

 「用途別に作ろうと思ったんだけど、さすがに一度に3体は欲張り過ぎたかな。土木工事用、災害救援用、資材運搬用……1体でどこまでこなせるか試作1号機にまとめて盛り込んだけど、やっぱり機能別にしたほうが良さげだね」

 

 メイリンはそうつぶやきながらその試作1号機とやらを見上げた。

 そこへふたりの男が蔵の中に入ってくる。

 彼女の養父レオン・ソルネイドと国王付きの魔術師セイン・コンラッドである。

 レオンは髪に白髪が目立ってきていたが、本当に歳をとっているのかと思わせるおっさんだ。現在は王都の警邏隊けいらたいに所属している。

 セインは魔法学園時代からの友人である。プラチナブロンドのミディアムストレート、ぱっつんおでこは変わらない。

 

 「あ、セイン。ここに来るなんて珍しいね。それとおじさん、もう少しうちに帰ってきてよ」

 「あまり顔を出すと嫉妬する人がいますからね」

 「嫉妬?」

 「メイリンはもう25歳だ。一緒にいる時間が多いと行き遅れそうだしな。私は邪魔だと思うのだが」

 「行き遅れ?」

 

 レオンとセインは顔を見合わせ苦笑する。

 

 「しかしこれは噂以上ですね。私も動いているところを見てみたいな」

 「うーん。見せるのはいいけど、あの広場じゃもう狭いしなあ」

 

 そういってメイリンは家の向かいにある広場を見る。

 前にエリオットに見せたものを更に改造した『魔力駆動二足歩行機マジカル・バイペダルマシーン』はそのぶん大きくなってしまったのである。

 

 「それより早く片付いていてほしいのだが」

 「おじさん……せっかく完成したのにそれはないよう」

 「いや、『コレ』を片付けるのではなくてだな、メイリン、お前の方だよ」

 「ん?」

 

 メイリンは合点がいかないような顔をした。

 

 「まあいいや。セイン、ちょっとだけなら動かしてあげるよ」

 「本当? 嬉しいな」

 

 セインがそういうと、メイリンは『魔力駆動二足歩行機マジカル・バイペダルマシーン』の横にしつらえた足場を登り始めた。

 それを眺めるセインとレオン。

 そこにいきなり王国騎士団の早馬がやってきた。

 

 「コンラッド様、大変です! ディアマンテス様が誘拐されました! 至急お戻りいただきたいと」

 

 それを聞いてメイリンとレオンは驚いた。

 

 「やっとあみにかかりましたか。メイリン、レオンさん、心配することはないですよ。これはエリオットの策なので……」

 

 セインがそこまで言うと別の早馬が走り込んでくる。

 「コンラッド様、非常事態です!  王都の中央広場に巨大なゴーレムが突然3体出現しました!」

 

 「なんだって?!」

 

 エリオット誘拐の報告では余裕をみせていたセインは予想外の報告に驚いた。

 

 「レオンさん、メイリン、すみません。私は戻り……ってふたりともいない!」

 

 レオンはゴーレムと聞いて即座に家に駆け戻ったのだ。

 そしてメイリンはエリオットが誘拐されたという時点で、既に魔力駆動二足歩行機マジカル・バイペダルマシーンの操縦席に乗り込んでいる。

 

 「メイリン! いけません! 王国騎士団にまかせてください。危険ですし、ここから中央広場まで遠すぎます! その上『ソレ』で出ていくなんて!」

 

 セインは即座に叫んだのだが、魔力駆動二足歩行機マジカル・バイペダルマシーンの吐いた水蒸気音と動き始めた魔力変換駆動機マジカル・エンジンの機械音でその声は届かなかった。

 

 「エリオット、待っててね!」

 

 メイリンはそう言って2枚の板のようなものをとりだすと、3つある差し込み口のふたつに突っ込んだ。もうひとつの差し込み口には既に1枚刺さっている。

 

 「マジックアイテム準備完了!  魔力充填よし! 魔力変換駆動機マジカル・エンジン全開!」

 

 メイリンが指差し確認をするように言ったその声と合わせて魔力駆動二足歩行機マジカル・バイペダルマシーンの色が真紅に輝き唸りを上げた。

 もとの姿より3倍は強そうに見える。

 更に激しい水蒸気を吹き出し、背中に取り付けられた円盤状のものが光り始めた。

 

 「魔力増幅回路問題なし! いっくよーっ! 『テレポ』!」

 

 メイリンの声とともに魔法陣が展開し、次の瞬間魔力駆動二足歩行機マジカル・バイペダルマシーンの姿が消失した。

 

 「なっ! 『テレポ』って、あの巨大なからくりごとですか!?」

 

 セインがそう叫んだのも無理はない。

 『テレポ』は『トランスフィア転送魔法』の上級魔法であり、大魔法のひとつでもある。

 『トランスフィア』はそれに対応した別の魔法陣へ瞬間移動する魔法だが『テレポ』は効果範囲は狭いものの、任意の場所へ移動ができる魔法なのだ。

 移動先になにかがあれば融合してしまう可能性がある非常に危険な魔法なので、使いどころが難しい。

 そんな魔法を何も確認せずにメイリンは使ったのだ。

 

 「いけない! まずい! いろんな意味で!」

 

 セインはそう叫んで乗ってきた馬車に駆け込むと、王都の中央広場を目指して走り出した。

 

 

 「魔力駆動二足歩行機マジカル・バイペダルマシーン試作1号機、見・参!!」

 

 メイリンを乗せた真紅のからくり巨人が魔法陣をともなって中央広場に出現する。

 完全に姿を現すと、余剰魔力と水蒸気を激しく吹き出した。

 同時にメイリンの差し込んだ板の1枚が壊れてしまう。その板は『テレポ』のマジックアイテムだったのだ。

 メイリンはからくりだけではなく、マジックアイテムの作成までできる力を持つ魔導師に成長していたのである。

 

 「この子よりデカイ! でもゴーレムの弱点なんて子供でも知ってるよっ。正確につらぬけばだけと魔法や弓矢よりこの子のほうが確実に……って、額の古代文字がない?!」

 

 ゴーレムの額の古代文字は『emeth』、『真理』という意味の言葉である。その頭文字である『e』を消すと『meth』、『死』という言葉に変わる。

 そうするとゴーレムは元の土塊つちくれに戻ってしまうはずなのだが。

 周りの魔法師団や弓兵が動揺しているのが目にみえる。倒せないのはそのせいであったのだ。

 

 「こいつらはもしかして『魔法球』が組み込まれているの?! 召喚魔法だけでも禁止されているのに!」

 

 召喚魔法は彼女らの国だけではなく、大陸全土で禁止されているのである。制御に失敗して再び魔獣をこの世に解き放つ危険性がらあるからだ。

 邪悪な召喚魔術師によってなされた『エストニアの大乱』を再び起こす訳にはいかないのだ。

 例外は王都へ危機がせまったときに防衛するため呼び出すゴーレムのみである。

 そして『魔法球』はそのゴーレムの弱点を肩代わりし、更に強固にするために開発されたのだ。

 そのゴーレムのうちの1体がいきなりメイリンの乗る試作1号機を殴りつけた。

 しかしその攻撃は瞬時に現れた魔法陣に弾き返される。

 

 「フッフッフ。自動発動よし。『シール』改良版の『M・Dマジカル・デフェンスフィールド』だけは組み込むことに成功しているのだ! 

 工事現場は危険だからね。安全第一なのだよゴーレム君。

 んでは今度はこっちの番ね。粉々になるよう攻撃し続けたら『魔法球』なんてすぐに見つかるよ! 多分」

 

 驚くべきことに、メイリンは魔法そのものの改造まで手をだしていたのだ。

 更にメイリンは木製であるはずのこぶしでゴーレムを殴りつけるという暴挙に出た。

 激しい音とともにゴーレムはのけぞりかえる。

 

 「凄く硬いなー。 でもまだまだいくよ!」

 

 そういって今度は左手をゴーレムの腹部に押し付ける。

 

 「く・ら・え!  魔導破砕杭打機マジカルパイルドライバー!!」

 

 左腕に装着された箱型の装置から鋼鉄の杭が飛び出し、ガガガガッとゴーレムの腹部をつらぬく。それとともに土煙が舞い、水蒸気が激しく吹き出した。

 しかし、派手ではあるがあまり効果はなかったようである。

 

 「やっぱり杭打ち機は工事用だしなあ。戦う為に作ったわけじゃないし」

 

 せっかくかっこよく叫んだのに残念な結果になって苦笑いするメイリン。

 そしてとうとう魔力駆動二足歩行機マジカル・バイペダルマシーンとゴーレムの殴り合いが始まってしまった。

 

 そこへいきなりいかずちの魔法『サンダーボルト』が放たれて、メイリンの乗っている操縦席を直撃する。

 しかし『サンダーボルト』はなにかにさえぎられて四散した。

 それとともにメイリンの差し込んだ2枚目の板がパキンと砕け散る。

 それは自動発動する魔法防御のマジックアイテムであったのだ。

 既に組み込まれている『M・Dマジカル・デフェンスフィールド』とは違って1回使えば壊れてしまう。

 まだまだ研究中のものであったのだが、とりあえず差しておいたのは正解であった。

 『M・Dマジカル・デフェンスフィールド』は工事現場での安全のために開発したものなのである。魔法耐性は後回しということだ。

 

 「びっくりしたな、もう。ゴーレムを操っている奴がいるはずだから当然だよね。気をつけないと」

 

 メイリンはぐらついた試作1号機の姿勢をただし、殴りかかってきたゴーレムの腕を弾き返す。

 そして再びゴーレムとの殴り合いが始まった。

 もう訳がわからない。

 先程まで平和であった中央広場にいきなり4体もの巨人が現れて殴り合いを始めたのだ。

 付近にいた住民は慌てて逃げ出し、王国騎士団も巻き込まれないようにと後退する。

 

 

 そして次に登場したのは黒い鎧の戦士、『七英雄』のひとりである『『獅子心戦鬼しししんせんき』アイオーン。

 まあ、その正体はメイリンのおじさんであるレオン・ソルネイドなのであるが。

 彼に向かって別のゴーレムが殴りつけた。アイオーンがいた場所がその一撃で大きく陥没する。

 しかしアイオーンはその攻撃をいとも簡単にかわすと、そのままゴーレムの左腕に飛び乗り駆け登った。

 

 「これ以上の暴挙は許さん。消えてもらおうか」

 

 アイオーンはそう言うと、いきなりゴーレムの頭を微塵に斬り裂いた。

 

 「頭にはないか」

 

 そうつぶやきながら迫ってきた右手をやすやすと切り飛ばす。

 もうやりたい放題であった。

 ゴーレムを百体召喚しても敵わないほどの勇者なのである。

 『獅子心戦鬼しししんせんき』の二つ名は伊達ではないのだ。

 

 

 そして。

 突然ゴーレムどもの背後に激しい爆裂音をともなって炎の柱が吹き上がった。

 炎が起こした爆風で破壊された場所からひとりの男が現れる。

 エリオット・ディアマンテス。セインと同じく国王に使える魔術師である。

 黒い王国騎士団の制服に黒いマントをたなびかせ、それに映える金髪が爆風で揺れ動く。

 そしてなぜか左手に抜身の剣をたずさえていた。

 全くもって魔術師とは思えない格好である。


 「貴様、今何をした。メイリンを攻撃したな。ただ捕縛つもりでいたが撤回だ。俺の逆鱗に触れたのだ。断じて許すわけにはいかない、覚悟しろ」

 

 事の元凶は彼であったのに、なんていいぐさなのだろう。

 エリオットは王宮にいる逆臣をあぶり出す為にわざと誘拐されたのである。彼はそう簡単に誘拐されるような男ではない。

 ゴーレムを召喚した魔導師は拘束したはずのエリオットを見て動揺した。魔法の『バイン』で動けなくした上に、縄で縛って更に口までふさいでいたのだ。

 その上10人の見張りがいたはずである。

 

 「雷撃マジックボルトを使うならこう使え」

 

 エリオットはそういって敵を指差した。

 その指先から電撃が走り召喚魔術師に直撃する。

 無詠唱どころか術名まで省くとは、並の魔術師などかなうわけがない。

 『マジックボルト』を喰らった召喚魔術師は身体中が痺れてその場に倒れ込み、悶え苦しんだ。

 かなり手加減してもらったのではあるが、これはこれでたまらない。

 エリオットの今回の任務は逆賊を捕縛する事である。召喚魔術師はそれをありがたく思わなければならないという事だ。

 

 「ダイカン卿、隠れていないでそろそろ出てきたらどうです。もう貴方だとバレています。いつまでも出て来ないならばこの場所ごとまとめて吹き飛ばしますよ。

 まあ、いきなり陛下の側仕えになった若造に我慢ならなかったということは理解できますがね」

 

 エリオットがそういうと、建物の影からそのダイカンが恐る恐る現れた。

 

 「ただし貴様も許さん。あのヘタレ召喚師を使ってメイリンを攻撃させたのだからな」

 

 メイリンを攻撃したのは召喚魔術師の判断であるし、メイリンは勝手にこの場に乱入してきたのである。

 しかもこの騒ぎはメイリンではなくエリオットが引き起こしたようなものなのだ。

 そして今度は右手をダイカンに向けた。

 ダイカンはいきなり硬直し、突然なにかに押しつぶされたかのように地面に倒れむ。

 

 「やめろ! やめろ! いや、やめてください、おねがいしますっ苦し……」

 

 拘束魔法の『バイン』と重力魔法の『プレッシア』。

 エリオットは二重詠唱を無言でやってのける。それが出来て普通なのだという顔つきであった。

 

 「さて、丁度いいからもうひとつやっときますか」

 

 そうつぶやくとふわりと空に舞い、最後のゴーレムの右肩に着地する。

 人間が空を飛ぶとはと、周りを取り囲んでいた王国騎士団員たちや王都の住人がそのエリオットを見て驚いた。

 エリオットは浮遊魔法である『フローティン』を黙って使っただけなのだが、他の人にはそれがわからない。魔術師というより超人に見えてしまっても仕方がない。

 

 「魔術師である俺が『王国騎士団総司令』である意味を見せつけなければね」

 

 魔術師のエリオットが騎士団を統べる者であることに不満に思う者が多いのは当然である。

 実力を見せないといつまでたっても王国騎士団をまとめ上げる事はできない。それは彼自身も自覚していた。

 そしてこれはその絶好の機会なのであった。

 エリオットは剣を頭上に高く掲げる。

 

 「刮目せよ! 私が『王国騎士団総司令』エリオット・ディアマンテスである!」

 

 高らかに宣言すると掲げた剣を振り落とす。ゴーレムは肩から右胸まで斬られると、そのままぐしゃりと潰れて土塊に戻った。

 エリオットはひらりと着地し、服のほこりを払ってみせる。

 

 「心臓の反対側なんて幼稚だね、っと。そこの騎士たちよ。あのふたりを連行せよ。燃えている建物の中でのびている族どももな」

 

 そう命令された者たちは驚いた顔をしながらダイカンと召喚魔術師の捕縛に向かった。

 その他の騎士たちは唖然としたままである。

 それもそのはずである。魔術師が剣の一振りで弱点のわからないゴーレムを倒したのだ。

 斬撃ひとつでゴーレムを倒すことができる者は王国騎士団の中にはひとりもいないのである。

 しかし。

 そこでエリオットは最も大切なことを思い出した。なんのために怒って攻撃しはじめたのかと、セインがこの場にいたら突っ込むこと間違いない。

 彼は慌ててメイリンの方を見た。

 

 そこにはゴーレムに踵落かかとおとしを決めた魔力駆動二足歩行機マジカル・バイペダルマシーンの姿があった。

 あっけに取られたエリオットを前にして魔力駆動二足歩行機マジカル・バイペダルマシーンはゴーレムを殴り潰して粉砕する。

 

 「あ。『魔法球』みーっけ」

 

 メイリンはそう言うと『魔法球』を試作一号機で踏み潰した。

 

 そして遅れてきたセインはその騒ぎを見て頭を抱えてしまったのであった。

 

 

 王国騎士団の演習場。

 こめかみに血管を浮き出させ、腕を組んだセインの前に並ぶメイリンとエリオット、そしてレオン。

 メイリンは右手を頭にやって引きつった笑い顔をしている。

 エリオットは頭を下げてうなだれていた。

 レオンは口をへの字にして空を見上げている。

 彼らの背後には真紅の輝きが消えた魔力駆動二足歩行機マジカル・バイペダルマシーンが我関せずというような雰囲気で立っていた。

 

 「言いたいことは色々あるのですがね」

 

 セインは3人を順繰りと見て言った。

 

 「まずはメイリン、あなたです。今までなんとか秘密にしてきたのに、いきなり危険な『テレポ』を使ってその上白兵戦。悪い意味でのデモンストレーションになってしまいましたね。

 ここまで移動するのにどれだけの野次馬がいたのかわかっていますか。そもそも戦いには使わないと言ったのはメイリン、あなた自身ですよね」

 「で、でもエリオットがピンチのときは使うって約束した……」

 「言い訳にはなりません。私の話を最後まで聞かなかったあなたが悪い」

 「……はい」

 「レオンさん、あなたもです。今まで身を隠していたのになんで突然王都のど真ん中で戦い始めるんですか。

 幸い誰も『獅子心戦鬼しししんせんき』とは思わなかったようですが、表舞台にバカ強い『謎の黒い戦士』が現れてしまったのです。これから先どうするつもりなのか考えてのことですか」

 「……先回りしてメイリンの出番をなくそうとしたのだが……というか、久しぶりなので血が騒いだというか」

 「『七英雄』の『獅子心戦鬼』が言い訳ですか?」

 「……面目ない」

 「そしてエリオット。いちいち格好つけていたそうですね。メイリンが近くにいたからですか?

 その上我を失いやりたい放題と。先にゴーレムを倒してしまえばこんな大事にならなかったのですよ。

 メイリンも危ないことをしないですんだでしょうに。あなたはメイリンのことを本気で……」

 「わっわっわっ! すまん、謝る、勘弁してくれ、ここではまずい」

 「まずいって何がです? エリオット君?」

 

 セインは意地の悪い顔をしてそう言った。

 

 「まずいって何がまずいの? 私のせい?」

 「この鈍感な娘を早くなんとかしてください」

 「……申し訳ないです。善処します」

 

 メイリンたち3人は延々とセインのお説教をくらうことになってしまったのであった。

 

 

 セインにお説教され、魔力駆動二足歩行機マジカル・バイペダルマシーンを王国騎士団の演習場にとどめ置かれた数日後。

 メイリンは作業場で3体分の骨組みをボケっと眺めていた。

 その後ろにはやはりボケっとしたレオンがいる。

 ふたりとも今後どうしたらいいのかと悩んでいるうちに、放心してしまったようである。

 そこへ珍しくエリオットとセインが揃ってやってきた。普段はどちらか一方が国王のそばに使えていることにしていたので、これはかなり珍しい事である。

 しかしエリオットはまだへこんでいるのかうつむいていた。

 

 「レオンさん、メイリンも。もっとシャキっとしてくださいよ」

 

 学園時代のセインを知っている者はどうしたらここまで変わることができたのかと思うだろう。引っ込み思案で影が薄く、いつもエリオットにくっついているような子供であったのに、と。

 そのセインの声を聞いてメイリンとレオンが振り向いた。

 

 「あ、ふたり一緒なんて珍しいね」

 「ええと、国王陛下があまりにもダダをこねるので逃げ出してきた次第です」

 「国王がダダをこねるとはいったいどういうことだ。『武王』と呼ばれる男だぞ。いったい何があったのだ」

 「昨日の戦いに混ぜてもらえなかったとか、自分もからくり巨人を見たかったとか、国王としてやらなければならない事を放置して演習場まで見に行こうとするとか、まるで子供のようですよ」

 「そのうちここに来たいと言い出しそうだな」

 「でしょう。あとはですね、こっちが本題なのですが、この抜け殻のような男をなんとかしてもらいたいと。メイリンにしかできないと思うので。

 いや、もしかしたらもっとまずいことになるかな。それはそれで構わないか」

 「え? なんで? なんで私? まずいことって?  ちょっと話が見えないんだけど」

 「だそうです、エリオット。いい加減一歩踏み出してくださいよ。他の誰かにとられちゃっても知りませんよ」

 

 そこでガバリとエリオットが頭をあげた。その顔は真っ青になっている。

 

 「誰かって誰だ、どこのどいつだ。メイリンにそんなやつがいるわけ無いだろう!」

 

 本人の前でかなり失礼な事を言い出したエリオット。

 するとセインは矛先をメイリンへと変えた。

 

 「メイリン、きみの回りに親しくしている男友達はいないかい?」

 「え?  なんで今そんなこと聞くの? あ……。えっとね、ハウエン様のとこのお兄様にはよく会うよ。騎士団員なのに平和だからやることがないのかな?

 あとは、ターニャの弟のマルコスくん。まだ小さい頃に伝送魔法機能をつけたお話人形をプレゼントしたんだけど、今でも週に1度くらいは手紙が来るよ。そんなに気に入ってくれたのかなあ。

 あとは自警団長のダグラスさんかな。おじさんが帰ってこないからってほとんど毎日来てくれるよ。仕事は大変そうなのに申し訳ないと思うんだけど、私はもう25歳だよ? ちょっと子供扱いされている気がするんだけど」

 「エリオット、メイリンはああ言っていますがどうします? 皆さん自己アピールがすごいようですけど」

 「……まずはアントニー・ハウエンを副都に左遷してやる。マルコスとやらはそのからくり人形を破壊してくれる。自警団長のダグラス? 手袋を叩きつける必要もない男だぞ。俺の剣にかなうか? そんなことはあるまいが」

 「エリオット……もう少し前向きになったほうがいいですよ。既にその3人のほうがリードしているような」

 「なんだか勝手に話が進んでいるようだが、いいのか? メイリン」

 「ええと、あの、その……ちょっと気になったから答えてみただけなんだけど」


 話を振られたメイリンは既に顔が真っ赤になっていた。 

 

 「実際のところ、エリオットのことをどう思っている?  引導を渡すなら早いほうがお互いの為に良いと思うのだか」

 「い、引導って」

 「一応聞くけど、そのカチューシャ、十年以上使い続けているよね。なんでかな」

 「そ、それはその……っていうかなんでみんなの前で言わなきゃならないのよ!」

 「俺があげたやつ……だよね。だから俺は……」

 「もうくたびれてきたから新しいの買う事にする」

 「ええ?」

 「カチューシャひとつで安心と思っていたのですか? そんなだとさっき出た3人のうち誰かに取られしまっても知りませんからね」

 「あ、あのね、親しいお友達っていうから話しただけで、そういうのはきょ、興味ない……し」

 

 どんどん情けなくなっていくエリオットが、わかっているよね、みたいな顔をしてメイリンに言った。

 

 「あの、一応この前伝えたつもりだったんだけど」

 「……回りくどかったし、いかにも格好つけてますーみたいだったし、だからあっかんべーした」

 「なるほど、その口ぶりからするとエリオットか」

 「そんなんじゃない……し」

 「エリオットはさ、いちいち格好つけようとするからだめなんだよ」

 「しかしいつもの調子だと本気って思ってくれないかと思って……」

 「そうか。他の3人は私も親しくしている。どう思っているか聞いてみようか。どれもなかなかの好青年だしな」

 「ちょっ、ちょっと待って。どうしてそんな話になるの、おじさんってば」

 「私はかなり心配しているのだが。保護者としてはどうすべきかとな。何しろ親友の忘れ形見だ」

 「え、あ、う……なんでおじさんやセインに言わなきゃならないのよ! 私の勝手じゃない。もう子供じゃないし!」

 「レオンさん、邪魔だそうですよ」

 「子供じゃないから心配なのだが……ではセインよ。まだ日は高いが結論が出るまで一杯やるか」

 「こんなだとあと十年は飲み続けなければなりそうですが。確かにおじゃま虫のようなので生暖かく見守りますか。面白いし」

 「ふ、ふたりとも何を言い出すのよ!」

 「セイン黙れ。レオンさんもふざけないでくれませんか」

 「かなり真面目に話しているのだが。何しろ大事な娘のことだしな」

 「娘って……ターニャにも言ってないのに……」

 「いやいやいや。ターニャは最初からわかっているんじゃないかと思いますね。いつかとどめを刺すときの切り札としてとっておいているんじゃないかな。あはははは」

 「うぐ……」

 

 メイリンはまるで穴があったら入りたいというような顔になってしまった。

 

 「いきなりなんなのよう、勘弁してよ。セイン、もしかしてわざとあおっているの?」

 「いやあ、わかります? エリオットがもたもたしているの見ていられなくなってきましたのでね」

 「うう、ターニャにいいつけてやる。セインが私をいじめるって」

 「多分その時切り札を使うんじゃないかな」

 

 こんなのんきな事をしているメイリンたち。

 今はまだ平和な世界なのであった。

 

 

 のちに『魔導機術師』と呼ばれるようになるメイリン・グランフィールド。

 そして『国王の両翼』とうたわれることになる『魔術大元帥まじゅつだいげんすい』エリオット・ディアマンテスと『星を読む者』セイン・コンラッド。

 彼女たちはこれから起こる『ゴンドワナ大陸大戦役だいせんえき』に深く関わることになるなどとは少しも思っていなかったのである。

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