1-10 変人には変人が集う


 「くうちゃんは無事だったんかぁ。いやぁ、よかったよかった」


 そう言って笑ったのは、神社の神主である男ーー頭に虹色のトサカを隠し持った元悪である。

 ニンマリと笑んだ顔は胡散臭い詐欺師のようだ。歯の白さが異様に目立っている。


 「ズラずれてますよ似非坊主」


 頭部のレインボーなトサカは、隠し持つどころかフルオープンになっていた。


 「ウッソォ、ボクのレインボー見えてた?」

 「見えてるってか、見せつけてきてるっすね!」


 なんとも傍迷惑なことだ。視界が一気に煩くなってしまう。輝かしい笑顔で「目に痛いっす」と宣ったコウは、これまた白い歯を煌めかせて笑う頭上レインボーな神主にアイアンクローを喰らっている。

 クウは、そんな二人を白けた顔で見ていた。

 彼らは現在、神社の居住区画の居間に居た。


 「つか、なんで俺が無事だったかなんて聞くんです?」

 「ええ? なんとなく?」

 「あっそ」


 なんとも適当な奴である。通りで、弥勒と交流があるわけだ。適当同士、変な波長でも合うのだろうとクウは結論づけた。

 出された麦茶を豪快に飲む。


 「いやー暑い日は麦茶に限るっすねー」

 「お前は冷たきゃなんでもいいんだろ」

 「いやいや、冷えためんつゆとか出されても困るし何でもよくはねーよ?」

 「それはみんな同じだバカ」


 脳天気なコウを、クウは張っ倒したくなった。

 既にコウのグラスは空になっており、ガリガリと氷を噛み砕いている。似非坊主は、新しい氷と麦茶を注いでやりながら、自分も氷を噛み砕いた。


 「あのー……そろそろいいですかね?」


 三人を眺めていた川瀬が声を上げる。

 それに、似非坊主は目を丸くして今気づいたとばかりの反応をした。

 そして、ハッとしたように慌てて虹色の頭髪をかつらで隠す。咄嗟だったためか、カツラはブヨブヨと歪んでいた。今更隠したっって遅いというのに、なぜ隠そうとするのだろうか。

 川瀬は、笑いを必死に堪えながら咳払いをする。聞き込みに来ているというのに、笑ってしまっては顰蹙を買うだろう。

 不憫であった。


 「ああ、ええと……サツ、じゃなくて警官さんですか。弥勒くんのことを聞きに来られたんで?」


 この人今「サツ」って言わなかったか?と疑問に思ったが、気のせいだろうと思い直して質問に答えた。


 「はい。現場を見る限り自発的にいなくなったとは……その、まあ言えないんですが。一応、彼に何か変な様子はなかったかを教えていただきたく……念の為ですかね」


 純粋に心配をさせてくれない事件だと川瀬は思う。実際、自分が身内だったら心配より困惑が勝ってどういう気持ちで居たらいいのかわからなくなる。


 「変な様子……うーん、ボクがいうのも変やけど、元々変わった子やからなぁ」

 「ほんとだよ」


 クウは辛辣に吐き捨てた。

 友人の弥勒は能天気で大層変人だが、露出してない分目の前の似非坊主よりマシである。世紀末覇者感の漂う髪型でなぜレインボーにしたのか、クウは心底疑問に思う。


 「そういや、ふりーは今年教室間違えてたっけな。なんなら友達作ってたのに相手一年生だったし」

 「あの地獄の空気は一生忘れねえわ俺。一年共が心底哀れだった」


 数ヶ月前の始業式初日を思い出して、クウは頭を抱えた。


 「えーそんなことあったんか? ボクやってそんな馬鹿なことせんかったのに」

 「多分、ふりーがいたら『どの口が物を言っておられるので?』って心の中のお嬢様を露出させてると思う」

 「待ってその声どっから出たん? 心の中のお嬢様ってなんなん!?」


 割と友人の解像度が高いコウの台詞に、似非坊主はツッコんだ。

 その様子を見て、川瀬は人選ミスしたなあとぼんやり思った。

 最近の子は心の中にお嬢様を住まわせているらしい。いや、意味がわからん。


 「えー……変化はなかったということでよろしいですか?」

 「あ、はい。そうですねぇ。変化っちゅうより、ただの天然ボケ……いやバカ……あー、アホな行動はしてましたけど」

 「それ悪口になりません?」

 「事実が悪口になるんで問題ないですわ」


 事実が悪口になるってどんな子なんだろうと恐ろしくなるばかりだ。友人二人は否定するどころか「たしかにな」「悪口であってほしいけど否定できない事実」と似非坊主の言葉を否定しない。

 これ、本当にどこから手をつければいいんだろうと川瀬は泣きたくなる気持ちを必死に抑え込んだのだった。





 「うーん……ドア付け替えてもいいのかしら……?」


 所変わって、駄菓子屋。

 カウンターで椅子に座り、八千代は悩んでいた。

 悩みは弥勒が行方不明となった現場、トイレのドアのことである。

 現場となってしまった手前、下手に手をつけられなくなったトイレは現在オープンスタイルであった。

 

 「しばらく使用中止にする予定だけれど……なんとなく不潔なのよねぇ」


 如何に清掃していようとも、オープン・ザ・ドアスタイルはどことなく不衛生な印象を抱く。

 店内から見えないとは言え、目に見えない空気が汚染されているように思えてならない。

 八千代は綺麗好きなのだ。


 「……アコーディオンカーテンを置きましょう」


 ぱっとひらめいた案に、八千代は頷いた。

 

 現代は、今日も平和である。

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