1−9 経験が物を言う


気分転換に町を満喫した弥勒と政宗は、広間で小十郎と安の小言を聞いていた。


「まったく、お二人共日暮れまで護衛の伴もつけずに市井へ赴くなど……」

「危機感欠如しちゃってるんですかねー」


二人揃って呆れた眼差しである。いや、安はわからないがきっと顔布の下で小十郎と同じような視線を向けているのだろう。弥勒はいたたまれなくなったが、政宗の様子を伺うと聞き流していた。


「つーかそもそも、連れ出したの政宗さんだし、準備したのも二人じゃん……そもそも、護衛が必要とかそういうの聞いて無いんですけど」


そう、弥勒には何ら非はない。強引に二人に背中を押され、政宗と外に連れ出され、町を満喫しただけに過ぎないのだ。確かに町は楽しかったしいい気分転換にはなったが、何も知らず叱られるのは誰もが嫌だろう。そもそも昨日からストレスが積み重なって弥勒はちょっとしたことでも過剰反応する自信があるのだ。あまり刺激を与えないでほしいというのが本音である。人間、限界になるととんでも無いことをしでかす生き物なので。


「おや、そうでしたか……?」

「あー、でも確かに……アンタは事情が事情だし現状も全部説明してないっすね……これ、公と自分らが悪いんでは?」

「ふむ、そうですね。言われて考えると、確かに弥勒殿は政宗様のことも、この時代のことも知らないのでしたね」


そうだったと言いたげな様子で二人は顔を見合わせた。そうだったじゃねえんだが??と弥勒の心境は怒り一歩手前である。

弥勒は政宗に頼んで買った土産の団子をそ、と差し出した。


「え、なんです。これ」

「政宗さんに頼んで安さんと小十郎さんにお土産買いました。これは安さんのです。小十郎さんは政宗さんにもらってください。お団子めちゃうまでした」

「ええ……ありがとうございます。つか、ここの店主あのごり子さんトコじゃないですか……」

「たしかにゴリラといっても過言でないほどの剛腕でしたけど、ゴリラはひどいですよ!筋肉ゴリラだったけど、最高のアネゴぽかったです」

「いやアンタほど直球に言ってないんですけど?」


安はぎこちなく土産を受け取りながら突っ込む。誰もゴリラと言ってない。ごり子とは言ったが。決してゴリラ・ゴリラ・ゴリラの意味ではなく、なんとなくごり子と読んでいるだけだ。もちろん、本人の前では店主呼びだが。決してゴリラという意味ではない、多分。

小十郎は、政宗様が土産をくださるなんて!と感涙に咽び、政宗はめんどくさそうに視線を反らしていた。さらっと政宗も土産を渡したようだ。弥勒は思う。これ絶対小言回避のためだろう、と。


「政宗さん……アンタ小十郎さんにどんな態度取ってたの……?」

「おい、なんて目を向けるんだ手前。そもそも、武士はそう安安と部下に施しは与えないんだよ」

「時代錯誤乙でーす」

「はあ、昨日今日でずいぶんな態度だな?弥勒」


ニンマリと笑みを浮かべる政宗から目をそらし、弥勒は下手くそな口笛を吹いてごまかした。





「ーーそれは真か」

「は!子飼いのものから確かに見たと報告を受けました。あの竜が自身の膝下とはいえ無防備な子供をそばに置くことなど、まず無いと見て間違いないかと」


同時刻、夕日に照らされた静かで広大な屋敷の縁側にて、一人の男と女が居た。男はキセルを手に縁側に腰をおろしてぼんやりと夕日を眺めており、女はそんな男の目の前に膝をついて頭を垂れている。

男の顔にはいたるところに薄い切り傷のような跡があり、痛々しい。しかし、そんな傷が妙に様になって凛々しい顔つきが際立っている。

対して、女は傷などドコにもなく、一見性差がわからない。黒と紺のみの服装は、大正時代の書生を思わせる。声も女にしては低く、男にしては高い、いわば少年のような音であった。


「であれば、おそらく奴らは気づいているだろう」

「十中八九、そうでしょう。なにか目的があるのやも……」


男は考え込む女をじっと見つめ、目尻をゆるりと下げた。その瞳は、どこか優しい。

そんな男に気づかない女は、指示を仰ぐべくそっと顔をあげた。


「どういたしますか」


女の目には、いつもと変わらず凪いだ表情でじっと己を見る男の姿があった。男の目には既に優しさはない。


「情報が圧倒的に少ない今、下手に刺激を与えるのは愚策……ここは情報収集に勤めて様子見が定石だ。他に気づかれていないな?」

「少なくとも、子飼いを送り込んだ時点では他の勢力からの間者は見受けられませんでした」

「……わざとこちらに気づかせたか」


ポツリとそうこぼした男は、キセルをしまい立ち上がる。


「氏康様」

「今動くことはなにもない。引き続き、子飼いのものに情報収集に勤めさせろ」

「御意」

「文を出し次第、こちらへ戻れ。……共に夕餉としよう、風魔」


女ーー風魔小太郎は、ハッとして男の顔を凝視する。男は優しいまなざしで風魔を見つめていた。

風魔は、湧き上がる歓喜を抑えながら微かに笑む。


「はい……少々お待ちください。すぐに戻ってまいります」


その返事に、男ーー北条氏康は満足げに首肯したのだった。

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