1−8 気分転換は自分でするものだと思う



俺はなぜ、こんな場所に居るのだろうか。

弥勒は、行き交う人々と見覚えの無い街並みを遠い目で眺めていた。

ことの発端は、朝食時のことである。食べ終わったら早速昨日の続きを聞けるのだと思っていた弥勒は、政宗の突飛な発言で呆気にとられた。


「気分転換だ。街に行くぞ」

「急すぎん?」


簡潔にそういった政宗。呆けている間に、小十郎と安にされるがまま外へ行く準備を整えられ、これまた時代錯誤な移動手段、馬に乗って街に旅立ったのだ。その際見た本丸は、時代劇で見るような本物の城であったのだから、朝から衝撃を受ける結果となった。なんなら戦慄すらした。

数十分ほど走り、街の入口あたりで馬を適当な木につないだ政宗は、満面の笑みを浮かべており、気分転換したいのは政宗本人だったのだと気付かされた。弥勒への気遣いもあるのだろうが。


街は、なんというか過去と未来の入り混じったような雰囲気だ。京都の都のような建物が多い中、思い出したように未来のモノもある。例えば、ずべての店が自動ドア完備していたり、人によく似たロボットがお会計していたり、メニュー表などが全てホログラムになっていたり。和洋折衷ならぬ、過去現在未来を混ぜた印象をもたせた。


弥勒は思う。なぜこんなことになってるのか、と。

自分の置かれた状況を半分も理解できていないのだ。人類滅んだ、ここは未来云々の衝撃は抜けきっておらず、自分がなぜ未来に飛んだのかも分かっていない。ちなみに未来云々はとりあえず本当だと信じることにした。だってハイテクなんだもん。


「あんら政宗サマ!?相変わらず色男ネェン!」

「あんがとな。店主、ここのずんだ2つ」

「あらあら、そこの坊やはお連れかしら?いっこサービスしちゃうわよン!」


ムキムキの男性が喜色に染まった声を上げる。キャラ濃過ぎんか?というのが弥勒の心境だった。親しみやすくて既に大好きである。地元に居たら通っちゃうかも知れない。

政宗はその男性から受け取ったずんだ餅を、一つ弥勒へやった。茶屋らしいこの店の中へ入り、人から見られない隅の方に座る。豪快に一口で食べきる政宗は、よほどこれが好きなのか、幼い笑みを浮かべて堪能していた。


弥勒はそっと一口含む。ずんだなんて初めて食べるなと思いながら、豆独特の風味や甘みを堪能した。うむ、うまい。用意されていたお茶と一緒に食べれば、ほっと一息つく心地だ。


「うまいだろ?俺の好物の一つだ。ここの店主はちと変わっちゃいるが、ずんだが絶品だからな」

「はじめて食べたけどうまいですね」

「だろ?」


すっかりごきげんな様子で弥勒に笑いかける政宗。

弥勒は、いったいいつになったら全部聞けるのだろうと、この後の予定を案じたのだった。



それからというもの、弥勒は政宗にあちらこちらと連れ歩かれた。この町は政宗の本丸が存在する場所からおおよそ10kmほどの場所に存在しているらしい。思ったよりも近い。しかし、町自体はかなり規模が大きい。また、地下街と繋がっており、地下鉄のように地中に根を張っているのだとか。入る店によってはそのまま地上に繋がるところもあるため、なんとも少年の心を擽らせるものである。まあ、地下といっても随所随所で外の光を入れているから、そこまで暗くない。どうやって地上の光を入れているのかわからないけれど。


さっきの店は地上と繋がったところらしい。政宗と弥勒は店から地下街へ移動した。

なんとも厨二心がくすぐられる。弥勒は年頃の男の子らしく、ロマンあるものは大好物だ。なんせ授業中は頭の中で不審者相手に大立ち回りしていたし。主人公最強は王道。


地上では喫茶店などの軽食系が多かったが、地下には食堂や定食屋、居酒屋などが密集している箇所が多い。


「地下街ってのは、この時代珍しくもなんともねーんだよ。前人類が日輪から逃れるための名残だからな。防空壕も今じゃ地下街の一部だ。」

「へえ」

「アリやミミズは多いが、昆虫はほとんどいねえ。幼虫なんかは掘らねえとみつからねえから、まあ、虫嫌いには過ごしやすいだろう。」

「ほうほう」


弥勒は見慣れない景色にキョロキョロと視線を彷徨わせながら相槌を返した。地下街、と聞いてスラム街などの廃れた治安の悪い場所をイメージしてしまったが、思いの外賑わっている。ゆらりと差し込まれる陽の光が退廃的な雰囲気を醸し出して美しい。日の差し込む廃墟などと似た美しさがそこにある。今は人が多く出入りしているが、人気がなくなれば何時間でも眺めていられるかもしれない。


弥勒は存外、美しいものが好きであった。


「少しは気も紛れんだろ」


ポツリと落とされた言葉に弥勒はハッとして顔を上げた。気分転換と言われて適当に捉えていたが、その実、真剣にこちらを気遣っていたらしい。唯我独尊と思っていたが、案外気遣いのできる男だった。


「ありがとう、ございまーす」


自分がガキ臭く思えてきた弥勒は、言葉に詰まりながらも礼を述べる。感謝は素直に示すべきなのだ。政宗はおう、と軽い相槌を返した。未だ現実味は薄い。寝て起きたら夢だったと言われたら信じてしまいそうな感覚だ。でも、向き合うべきなんだろう。自分がこの場にいることは現実なのだから。

弥勒は小さな決意を胸に抱え、いつものように能天気な態度をさらけ出す。なるようにしかならない、なら、自分は自分らしくいなくては。


結局、二人は日が暮れるまでのんびりと散策し、あまりにのんびりとしていたため、心配して探しに来た小十郎にくどくどと小言を言われながら本丸へ戻ったのだった。




その頃、現代にてとある警察官が駄菓子屋の店主八千代と弥勒の友人二人の話を聞いていた。彼は今年採用されたばかりの巡査で、御年20の青年だ。警察学校で坊主頭にしていたのか、今はスポーツ刈りで爽やかな印象を持たせる。

その青年ーー川瀬 祈は、頭に疑問符をいくつも浮かべて困惑していた。


「えと……つまり、弥勒くんはアイスで腹下してトイレに行った後、そのトイレのドアごと消えた、と?」

「ええ……私どもも困惑しておりましてね?そもそも、あのトイレは一度店内に入らないと利用できないので、私は彼以外の来店者を見ていませんし……ましてやドアを外すとなると音がするでしょう?何も聞いていないんですよ」

「それは……なんというか」

「すっぱり言っていいですよ、巡査さん。意味不明な出来事だって」


言葉を探す川瀬に、友人の一人、クウは切り込んだ。うっと言葉をつまらし、小さく頷いた川瀬は歯に絹着せない物言いが苦手なのだろう。申し訳無さそうな顔をしている。


「いや、つーかオレも巡査さんの立場だったら反応に困りますもん。というか、状況意味不明すぎて関係者みんな心配より困惑してるし」

「そ、そうだろうね……」


もう一人の弥勒の友人、コウからのフォローに川瀬は苦笑した。実際、一番可愛そうなのは川瀬なのでは無いだろうか。警察官になって早々、こんな意味のわからない行方不明事件である。事情を伺おうにも、事前に聞いていた状況以上の情報は無く、一体どこから手をつければいいのやら。

八千代は川瀬の途方に暮れた表情を見て、心底同情した。クウも憐れみの目を向けている。


「とりあえず、大体のお話は聞けたので……現場、見せてもらってよろしいですか?」

「あ、はい」


八千代は立ち上がり、川瀬をトイレまで案内した。その後ろをクウとコウもついていく。


トイレはドアがなくなった以外特に変化はない。むしろドアがなくて開放感を感じる始末だった。弥勒が居なくなってから一度見たクウと八千代は、やはりドアが無い以外に変化は無いと確信できる。コウは、現場を見てとりあえず思考を放棄した。トイレのドアの消失が謎を更に深めている要因なのだ。現実逃避もしたくなるだろう。というかまじでドコ行った?


「……ん?」


すると、川瀬が便座の影に緑色の物を見つけた。

それは、千切れた細長い葉っぱである。


「笹の葉っぽい」

「え、でもここらへん桜の木しか無いじゃん」


クウとコウの会話が聞こえる。しかし、川瀬にはこの葉っぱが笹の葉とは思えなかった。


「……これ、竹の葉っぱ、か?」


そう、川瀬はつぶやいた。


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