第12話 どんでん返し(最終話) 

「そうよ!私は宇慈子の身体を借りてる半々の女神なの!だから血の通う本物の人間になりたいのよ!」


「おどろいたわ……それなら、いったい、どうやったら完全な人間になれるっていうの?」


「それはね、私の心の中のバランスがとれたるかどうかにかかってるわ……つまり、私の心は人間のように喜怒哀楽が平等にできていないのよ。どれかに偏っているからダメなのよ。それを人間並みにするためには、人間が大勢いるところに行って修行するんだけど失敗ばかりでね。今まで、京都や仙台にも行って修行したけど、ことごとく失敗したのよ。だから、次は東京に行って修行しようと思ってるわ」


「東京か……たしかに人は多いわね。でも、人間として生きていくってたいへんよ。三度三度のご飯もたべなくちゃいけないし、誰か面倒を見てくれる人がいればいいけど、でなけりゃ、働いてお金を稼がないと、着るもの一つ買えないわ。住む家だって必要だし、あと、いちばん厄介なのは人と人との付き合いね。世の中、いい人ばかりじゃないからね」


「まあね、それは、私もずっと人間を見てきたからわかるっちゃ、わかるけどね。でも、生身の人間って憧れるなあ!ポカポカ体温があって、血がドクドク流れて、骨がボキボキするじゃない、それって、まさしく生きてるって感触よね」


「そんなのがいいんだ?にんげんとしちゃ、ごくごく当たり前のことだけどね。女神様にはそんなことはないもんね」


「そうよ!生まれることも死ぬこともないから、赤ちゃんだったり、ビシッとした若者だったり、銀髪の老人だったりすることもないわ。だから、人間になってそういうことを経験したいのよ!」


「わかったわ!じゃ、頑張ってやって来るといいわ!でも、くれぐれもあと三年のうちに果たさないとダメよ!また先延ばしになるだけだからね」


「あと三年ね!あっと言う間かもしれないな……いや、とにかく、頑張るわ!占い師さんも東京に来ることがあったら、向こうで会いましょう!今日はありがとう。占い師さんの前だとなんか素直な気持ちになれるわ!じゃあね!」


 宇慈子は照れくさそうに言うと、くるりと背を向けて部屋に戻って行った。


 すると、あつらえたように、入れ替わりに三姉妹がやって来て、七未子の正面のソファに面と向かって座った。


「ねえ、どうだった?占い師さん!宇慈子、何て言ってたの?」


 丹子が口火を切って七未子に問いかけた。


「はい、人間になりたいから、東京に行くって言ってました」


「まあ!そんなこと言ったの?」


 三姉妹は目を皿のようにしておどろいた。


「なんてことでしょう!じゃ、あの娘、自分が人間じゃないってことを、占い師さんに暴露したってわけね!」


 市子はすっかり呆れたように言った。


「えっ、ご存じだったんですか?まるで知っているような口ぶりに聞こえますわ」


「いやだ!そんなこと、知ってるわけないでしょう!でも、占い師さん、そのことは誰にも言わないでね」


「そりゃ、わかってます!そうした相談者の秘密はけっして口外しませんわ」


 三姉妹は顔を見合わせて目くばせをかわすと七未子にけろりと打ち明けた。


「実は私たちは遠野物語に出て来る三人の女神よ!宇慈子は私たちが早く人間にしてあげようと監視していた、いわば、わんぱくな女神なのよ。だから、あの娘が人間になるためには、ことのほか修行が必要で、あと千年くらいはかかると踏んでるわ。まあ、女神とっちゃ、千年なんてわけないんだけどね」


 七未子は、いきなり、とんでもなにことを言われて、頭がクラクラしている。


「それじゃ、宇慈子さん、東京に行ってもムダ骨を折るだけなんですか?」


「おそらく、そうなるわね。私たちとしても今の宇慈子なら、人間の渦に巻き込まれて、おぞましい醜態をさらすのが関の山だと思ってるわ。だから、東京のどこかの神社に閉じ込めてときを待つしかないと思ってるわけよ」


「そうなんですか。宇慈子さん、がっかりするわね」


「まあ、人間になりたいなんて思わなきゃ、そんなことにはならないけどね。どこでどう間違えたか、そんな希望を持っちゃったわけよ。でも、占い師さんには感謝するわ。このまま、宇慈子が花巻にいても荒れ狂うだけかもしれないから、いずれにしても、環境を変える必要があったのよ。じゃ、ありがとう!あとは私たちで何とかするわ。今日はゆっくりしていってね。マッサージとかどう?無料でいいわよ」


「えーっ、いいんですか?ぜひともお願いします。いつも以上に輪をかけて肩が凝ったみたいなんでありがたいです」


 七未子は三姉妹に甘えて最上級のコースを頼んだ。


 その翌日、七未子も高校生グループも、味わったことのない満足感に浸って、ホテルをあとにした。


 宇慈子は、じっと七未子を見つめながら近づいてくると口を開いた。


「昨日の話はくれぐれも内緒にお願いしますね。私が本音を出すなんて珍しいことなんで……自分でも恥ずかしいわ」


「大丈夫よ!占い師の守秘義務よ!心の奥の奥に閉まっておくわ」


「あの、占い師さんはこれからどこへ行くんですか?」


 ふいに勇太が、名残惜しそうな顔つきをして横合いから口を挟んだ。


「そうね、さしあたり、東北をもう少し回ってから、北上して北海道のほうに行こうかと思ってるわ」


「うわっ、いいなあ!美味しいもの、いっぱい食べられそうだ!」


「そうね、でも、私は放浪の占い師だから、一か所に落ち着くことはないのよ。じゃ、みんなも元気でね!勉強、頑張ってね!」


「げーっ、それを言われるとピンチです!」


「だめよ、そんな弱気じゃ!勉強は自分のためにするのよ。ご飯を食べるのと同じなんだからね!それじゃ、いつかどこか会いましょう!さよなら!」


 七未子は、成り行き任せの放浪の旅へと消えて行った。


 やがて数か月後、三姉妹と宇慈子は東京の銀座にいた。


 宇慈子は一日中、銀座の店を回っては食事をし、買い物をして人間と話をしていた。


 なにしろ、買い物用のお金は街路樹の葉っぱを幻のお金に変えて使っていたから、いくらでもあった。


 まあ、当然のごとく、しばらくたてば、効力を失って枯れた葉っぱに戻るのだが……


 じっと様子をうかがっていた三姉妹は、宇慈子が銀座の裏通りにあるいくつかの神社に足を踏み入れるのを待っていた。


「今日こそ、銀座の稲荷神社に閉じ込めるのよ!」


 三姉妹は、宇慈子が銀座の稲荷神社の前を通るところを見計らって、力を合わせて神社に押し込めようとしたが、かえって閉じ込められてしまったのは三姉妹のほうだった。


「おかしいわね!どうして私たちの力の方が弱いのかしら!」


 三姉妹の前にやってきた宇慈子は、くるりとひるがえると、まるで別人のような年増の女に姿を変えたのだ。


「まさか!お母さん!」


「何だい、お前たちもまだまだ未熟だね。私のことがわからないなんてね。わたしゃ、この銀座で修行するから、お前たちは、もう花巻に帰りなさい。いずれは、お前たちだって、いつか、人間になりたいと思う日が来るんだよ。そのために、私が先にこうして修行してるんじゃないか!お前たちのためにも、やってるようなもんなんだよ!上手くいったら呼ぶから、もうしばらくは遠野にいなさい!」


「えーっ!そうだったの?そう言われれば、私たちを、遠野三山に残したまま、いったい、どこへ行っちゃったのかしらと思ってましたわ」


 市子がけげんそうな顔つきで言った。


「北上山地の神々に聞いたら、お母さんは、瀬織津姫って名前で、それはそれは、他の神様とは比べものにならないくらい偉い日本の女神さまで、それゆえ、ことのほか、忙しい女神様だって言われたのよ」


 丹子もうやうやしい口調で言い添えた。


「ああ、でも、それは昔のことでね。今は人間になるための修行に切り替えたからね」


 蚕子も母親女神に言った。


「いつまで待てばいいんですか?でも、まあ、お母さんのことだから、きっと、上手くやってくれるわよね!」


「蚕子!おまえは、いつもいちばん調子のいいやつだ!私が市子の胸に清霊を降ろしたのに、こっそり自分の胸に移し替えて早池峰山を手に入れたのはお前だろ!」


「えーっ、そうだったの!蚕子!おまえ!」


 市子はとたんに憤怒の色を見せた。


「ごめんなさい!お姉ちゃん!」


 蚕子は北の空に向かって逃げ出した。


「待てーっ!蚕子!おぼえときなさいよ!」


 市子が血相を変えて追いかけると、丹子もあわてて北の空へ舞い上がった。


 女神であっても、娘同士はこんなもんだと、母女神は呆れ顔で北の空を見つめたのだった。



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放浪の占い師 七未子 東 風天 あずまふーてん @tachan65

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