第49話 『変身』

 屋敷の中に入った俺達を出迎えたのは、だだっ広いホールだった。奥には二階へと続く階段があり、左右には幾つもの扉がある。


俺達は入り口の近くにあった扉まで忍び寄り耳を当てて、部屋の中にある人の気配を探した。物語に出てくる主人公のような力があれば、こんなに慎重にならなくても済んだというのに。


「バッカスはヘレナさんと結婚してたんだろ?この屋敷について何か知らないのか?」


 屋敷中を探し回っている時間は無いと考えた俺は、横にいたバッカスに問いかける。バッカスはバツが悪そうに唇を噛みながら首を横に振って見せた。


「ヘレナはワシの所へ逃げてきたといっただろう!つまり、ワシは屋敷の中に入ったことは無いのだ!」

「全くもって役に立たない人ですね。これだからお嬢様にも見捨てられたんですよ」

「なにをぉ!?貴様こそ、不要と切り捨てられたからここに居るのではないか!」

「おい、やめろ!こんなところで言い争ってる暇なんかないだろうが!」


 取っ組み合いの喧嘩になりそうになるのを何とか仲裁しようと、二人の間に入り込む。丁度そのタイミングで、二階にあった一つの扉がガチャリと開いた。慌てて俺は二人の口を両手で塞ぎ、柱の陰に隠れて息を殺す。


 扉から出てきたのはメイド姿の女性が二人。二人は表であった男と同様、金色の瞳をしていた。その二人が扉に鍵を閉めた後、ブツブツと文句を言いながら階段を下りてくる。


「どうしてサムエル様はあの女を生かしておくのかしら!半血なんて、さっさと殺してしまえばいいのに!」

「ヘレナ様の娘だからでしょう?サムエル様はヘレナ様が大好きだから、殺すに殺せないんじゃない?」

「だからって同じ屋敷に住まわせなくても良いでしょ!いまみたいに、私達に世話させるつもりなのよ!本当嫌になっちゃうわ!」


 会話を聞いた俺達は目を合わせて頷いた。ハイネさんはこの屋敷のどこかでまだ生きている。しかも、デリエル家の当主と思しきサムエルとかいう奴は、ハイネさんを殺す気は無いらしい。その情報だけで俺達に少し余裕が出来た。


 後はハイネさんの所へ辿り着けばいいだけ。しかもその場所はもう目星がついている。二人は「今みたいに世話させる──」と言っていた。つまりハイネさんは、彼女達が出てきた扉の奥にいる筈。


 だが問題はどうやって彼女達が持っている鍵を奪うかだ。


「どうする!鍵を奪わないとあの扉は開けられないぞ!」


 バッカスが囁くような声でそう口にする。彼女の腰にぶら下がった鍵の束を、気づかれないように取る方法。そんな素晴らしい方法、簡単に思いつくわけが無い。


 俺達が頭を抱えている間にも、二人のメイド達は階段を降りて一階にある別の扉へと向かって歩き始めてしまった。その向こう側へ行ってしまえば、俺達にはどうすることも出来なくなる。

 

 一歩、一歩、扉へと進んでいく。もうだめかと思ったその時、ガストンさんが立ち上がり二人に声をかけた。


「遅くなって申し訳ありません!ただいま戻りました!」


 そう言って二人の元へと駆けよっていくガストンさん。その突然の行動に、俺とバッカスは目を見開いて固まる。


 声をかけられた二人は、振り返ってガストンさんの顔を見ると、直ぐに一歩後ろへと飛び退き、腰に隠していたナイフを構えた。予想以上の反応に、俺とバッカスは思わず手を握ってしまう。このままではガストンさんが殺されてしまう。


 だがガストンさんは態度を変えることなく、淡々と話はじめた。


「後は私が引き継ぎますので、お二人は通常業務に戻ってください!」

「誰よ、あなた!」

「え、私ですか?先日から配属されました、ガストンと申します!サムエル様より、二人に変わって半血の面倒を見るようにと、仰せつかったのですが……」


 ガストンさんの話を聞いた二人の顔が、喜びの表情へ変わっていく。持っていたナイフを元の場所へと戻し、腰にぶら下げていた鍵の中から一つとると、それをガストンさんへと手渡してしまったのだ。


「本当に!?あー助かったわ!これからずっと半血のお世話しなきゃいけないとか、どんな拷問かと思ってたのよ!」

「あんたも面倒な仕事引き受けさせられたわねぇー!でもまぁ男なら丁度いいんじゃない?サムエル様にバレないように、慰め者にでもしてやんなさい!」

「あははは!半血にはそれくらいが丁度良いでしょうね!」

「それじゃあ後は宜しくねぇー!はー良かったー!」

「お疲れ様でした!」


 嬉しそうに扉の向こうへと消えていく二人に、頭を下げるガストンさん。目の前で起きた出来事を理解できずにいた俺達の元へ、ガストンさんが戻ってきた。その姿を見て、俺達は更に驚くことになる。


 何とガストンさんの両目が金色に輝いていたのだ。


「なななな!!ガストンさん、貴方純血の吸血鬼だったんですか!!」

「ガストン貴様!ずっとワシ等を騙していたというのか!」


 俺とバッカスは手を繋ぎながら、ガストンさんに詰め寄る。


「違いますよ。これは『変身トランス』という魔法で、両目の色を変えて見せただけです。上手く騙せるかどうかは賭けでしたが、何とかいったようですね」


 そう言ってガストンさんが両目を手で覆い隠す。そしてその手を放すと、ガストンさんの眼は元通りの茶色に戻っていた。この現象を見て素直に驚く俺に対し、バッカスは苛立ちめいた態度でガストンさんへ詰め寄る。


「ワシに隠していたのだな!!ワシは貴様を信用して傍に置いていたというのに!ずっと裏切っていたというのか!」

「昔のバッカス様なら教えていたかもしれませんが……最近の貴方には教える価値がありませんでしたから。当然秘密にしておりましたよ」

「きさまぁぁ!!もう許せん!!細切れにして豚の餌にして──」


 再び口論が激化しそうになるも、俺は無言で二人の口を塞ぎ黙らせる。鍵は奪えた。後はハイネさんの元へと向かうのみ。


 俺達は音を立てないように階段を上り、扉の鍵を開けた。扉を開くと、長く続く廊下の奥にもう一つ扉があった。きっとあそこにハイネさんが居る。


「いきましょう!お嬢様はきっとあそこです!!」

「待っていろハイネ……ワシがもうすぐ助けに行くからな!!」


 ガストンさんが我先にと飛び出していき、バッカスがその後をのそのそと追っていく。俺はシズクちゃんが来るのではないかと、屋敷の玄関へと目を向ける。しかし、暫く待ってもシズクちゃんが来ることは無かった。


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土地神に転生した俺、最強領地を築く!〜弱小領地から始まる異世界建国記〜 宮下 暁伍 @YOMO_GIMOTI

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